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金魚乙女は戦を泳ぐ- The Goldfish Valkyrie -  作者: 歌川金魚づくし
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名探偵美少女、出目金

四方八方、鬱蒼とした木々が生える山々。その山の中に大きなお屋敷がぽつねんと建っている。

屋敷の日本庭園は植木屋によって美しく整えられており、立派な睡蓮鉢も置かれている。


きしは今しがた、江戸の町から担いできた振り売り棒に吊るされている樽の金魚を、睡蓮鉢へ移している最中だ。

振り売り棒のもぅ片方にも、簾が被せてある樽が掛かっているが、きしはその樽には手をつけない。

金魚の他にもきしが道中の沢で取った水草や石も睡蓮鉢へ入れてやり、全体の景観を確認する

赤い金魚と緑の水草が舞う睡蓮鉢は庭に飾られた額縁付きの動く絵画のようだ。


「よし、こんなもんかな。水草はまぁ増殖するだろうし、少なめにしておこう」

睡蓮鉢設置の出来栄えに人心地ついたきしは、懐から手紙らしきものを取り出した。

一人、ニヤつきながら手紙を読んでいるきしの元に、不思議な雰囲気を纏った若い男が近付いて来た。

長い黒髪を後でひとつ結びにしており、見目の妖艶さも相まって一見すると背の高い女性にも見える。


男は睡蓮鉢を見ると「おぉ、美しいですね」と端正な顔を破顔させる。

「有り難うございます、市郎様」

きしは慌てて手紙を懐へしまうと頭を下げた。

「きしさん、わざわざこんな山の中まで来てもらって申し訳ない。道中大変だったでしょう」

市郎は白い紙をひねったものをきしに手渡す。

「いえいえ。問屋の旦那様に教えてもらった道を辿っただけです」

きしは頭を下げたまま両手で包み紙をそそとして受け取ると、手の平にずっしりとした重みを感じた。

予想の遥かに越える重量に驚いたきしは、さらに深く頭を下げた。


「あそこの問屋の息子とは昔から付き合いがあるのですが、最近は少し疎遠ぎみでしてね。でもわざわざ使いのものを寄越して、何かと思えばお前も金魚飼えって勧めてきたんですよ。で、有無も言わさず睡蓮鉢まで飛脚を使ってここまで届けさせたのです」

市郎は「突飛なやつです」と笑いながら屈むと、睡蓮鉢の金魚に魅入った。

「しかしなるほど、これは見事だ。問屋の息子が勧めてくるのも納得です。金魚の泳ぐ姿はいつまででも見てられる魅力がありますね」


鰻が襲ってきてから問屋の商人は金魚に夢中になり、きしに他の種類の金魚も飼いたいとせがんだり、餌となる赤虫も自ら池や水溜りに採りにいく。


「今度俺の店の取引先を紹介してやるよ。田舎の家なんだけど、米の加工で当ててよぉ、良い太客になると思うぜ」

商人は意気揚々ときしに話した。きしは、商人の「金魚仲間を増やしたい」という魂胆も見えたが、あい分かりました、と快く請け負った。


「元気で長生きしておくれ」

市郎は睡蓮鉢で泳ぐ金魚に慈愛の目を向けると、水換えのやり方や頻度などを事細かくきしに聞き、熱心に書付た。

きしは市郎に聞かれるまま答え、さらにより詳しい飼育の要点も伝える。

「冬は氷の下でも生きるので、餌をやらずにそっとしておいてやって下さい。夏は簾を掛けて日よけしてあげるといいと思います」

「なるほど、夏の餌やりは日に何回あげれば……」



ーーガシャン!


突然、屋敷から大きな物音がした。

きしと市郎は驚いた顔で屋敷を見る。

「何か倒れたんでしょうか?」

「はて、ちょっと見てきます。きしさんはどうぞお帰りの準備をなさってて下さい。日が暮れる前に山を降りた方が良いでしょう」

市郎は屋敷へ小走りで戻った。


少しの間、柔らかい日差しの中で、鳥の鳴き声と風で木の葉の擦れるざわめきが、のどかに辺りを包む。


「キャアア!!」「うわぁあ!!」


突然、屋敷から悲鳴が響いた。

きしは振り売り棒に掛かっている樽から簾を開け「頼む出目金」と手をかざした。


水飛沫を撒き散らしながら、ふわりと現れたのは一人の可憐な乙女であった。

乙女は黒地に目が覚めるような鮮やかな橙色の花模様が浮かぶ着物を纏い、頭にはお団子が左右に二つ結え付けられている。

切り揃えられた前髪の下にある大きな垂れ目が、潤いを帯びてきしを見つめる。


「きしさん、ご無沙汰しております。ご健在の御様子、何よりです」

目尻が下がった瞳と小さな唇は虫も殺さぬような愛らしさだが、その見目とは対照的に表情は終始仏頂面で、愛想というものが全く欠けている。

淡々と抑揚なく話す姿はまるで感情を込めて話すのが無駄な消耗だと言わんばかりだ。



-出目金-

【左右の両目が突出している金魚、出目金。日本の縁日でもお馴染みである。不思議な容姿と視力の弱さからくるマイペースな性格が魅力的。元々は橙色の赤出目金が始まりで、縁日でよく見る黒出目金は後に作出されたものである】



「出目金、さっきそこの屋敷から悲鳴が聞こえたんだ。中を確認しに行くから、悪いけど付いてきてくれないか?」

「まぁ、了解でーす。はい」

きしの頼みに出目金は軽い調子で返事をする。

二人はすぐ目の前の縁側から屋敷の中へ上がり、悲鳴が聞こえた和室へ向かう。


「父上っ父上っ」

部屋の中から市郎の叫び声を聞いたきしは急いで襖を開けた。

そこには中年の男の死体が、大量の血を流して横たわっていた。

遺体の手には血痕のついた刀が握られており、腹は深く斬り裂かれている。


「兄様、なんで! 兄様!」

市郎と、そして、遺体とよく似た風貌の中年の男が、死体のすぐ横で膝を付き、呼びかけている。が、当然返事はない。

部屋の手前には女中が「旦那様…」どうしましょう…ああ」と口に手を当てて、怯えた様子で立ち尽くしている。


「兄様……なんで自害なんか……」

中年の男が力なく呟いた。

(自害?)

きしは違和感を感じ、そして辺りを見回した。

(自害にしては不自然じゃないか?)


「自害じゃないでしょう、どう見ても」

出目金の一声を聞いたきしは、嫌な予感と共に後を振り返った。

出目金は小馬鹿にしたように冷ややかな目で男を見下ろしている。


あまりに唐突かつ無遠慮な一言で場が凍りつくが、本魚は気にせずそのまま続ける。

「確かに遺体の手には血痕のついた刀が握られていますが、傷口は明らかに真正面から他人に斬られたあとがあります。切腹にしては不自然ですよ」

言いながら、出目金はすたすたと遺体に近づき、呆気に取られている周りの人間に構わず遺体の首元に触れる。

「まだ少し温かい。死後硬直は始まっていないようです」


「出目金、戻って! 出目金!」

きしの必死の呼び掛けにも応じず、出目金は無視を決め込む。


「殺害後、犯人が刀を被害者の手に持たせた可能性が高いですね」

出目金は遺体の側に屈み込み手元に顔を近づけ、まじまじと見ながら唸る。

「ううん、しかしで妙ですね。死後硬直が始まってないのに、刀を遺体の手の中に入れてここまで硬く握らせることは不可能なんですよね」

出目金は腕を組んで立ち上がると眉間を寄せる。

「最初から自分の手で、自分の腹を斬った刃を強く握り持っていたようにしか見えない」


出目金は言いながら、ふと部屋の隅に小さな箪笥が倒れているのを見た。

近付くと箪笥の横に真新しい竹の破片が落ちている。

「ん? 新しい竹ですね? これは……」


「おい! 余所者が仏さんの周りをうろちょろするな!」

我に返った中年男が般若のような剣幕で出目金を怒鳴った。

「いや、私は真犯人をですね……」

平然と顔色を変えない出目金の腕をきしが引っ張り連行する。

「あい申し訳ございません! すぐ! 退きます!」

きしは平謝りしながらそのまま出目金を連れてそそくさと部屋を出た。


廊下に出たところで出目金は立ち止まり、自身の顎に手を当て考え込む。

「なるほどねぇ、はいはいはいはい」

「出目金、この件、妖怪は関わってないんだから僕達が出ていく必要ないよ。日のある内に下山したいし、もぅ帰ろうよ」

ぷつぷつと独り言を言う出目金に話し掛けるがまたも無視される。

「出目金? 聞いてる? 聞いて出目金」


「きしさん、皆さんを広間に集めてください」

「えええ!? なんで!?」

出目金の突然の一言にきしは苦虫を噛み潰したような表情になる。

「この、名探偵美少女出目金である私が事件をスイス〜イと解決しますよ」

自信満々の出目金を見たきしは、出目金が納得するまでとことん付き合うしかないと悟り、諦めの境地に至った。


「うぅ……。わ、分かりました。名探偵美少女出目金さん……よろしくお願いします」

きしは虚ろな目で肩を落とす。

「任せてください!」

出目金は意欲に満ちた目で、満足気に頷いた。








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