戦闘狂な乙女 出目金
「出目金、とりあえず人の居る場所から離れ……」
きしが言い終わらない内に、鮎は真っ直ぐ串で刺しにくる。刀を立てて串を受けるがそのまま後へ激しくふき飛ばされてしまう。
飛ばされたきしを鮎が追いかけて追撃する。きしは攻撃を受けながら鮎を山の中へ引きつけていく。
(調度良い。このまま鮎を人間から離そう)
そんなきしを見やると出目金は屋敷の中へと消え、すぐに女中と嫁の二人を両脇に抱えて出てきた。
女達は出目金に対する恐怖で泣き叫んでいる。
「ひぃ! 出目金様どうかお許しを!」
「出目金様、何でも差し上げますから! 命だけはご勘弁を!」
出目金は気にもとめず、すたすたと歩き市郎の側に来るとパッと両手を離した。
抱えられていた女二人は乱暴に落とされ「グェッ」と呻き、脇を血に染めている市郎を見て「ギャッ」とおののいた。
「とりあえず、怪我人の介抱してもらえます?」
出目金は二人に言い捨てると、腕を伸ばして楽しそうに笑う。
「じゃ、私もさっそく参戦しますか」
言い終わるや、出目金の両手から細長い水の竜巻が渦を巻きながら空へと突き上がった。
竜巻が空へ消え水飛沫を撒き散らしたあと、出目金の両手には緑に光るセキショウの刀が二本握られている。
出目金は二刀を構えると「楽しみっすね」と目を細めた。
山の深い森の中。きしは鮎を斬り上げようと刀を振るが簡単にかわされてしまう。
「お前は格下だな。あの女のような化け物じみた動きじゃねぇ」
きしは鮎の挑発を無言で聞き流す。
「知ってるか? 鮎はな喧嘩釣りってもんがあるぐらい」
鮎はきしの刀を下から串で絡めるように差し込むと、そのままきしの手から刀を弾き飛ばした。
「喧嘩が強い魚なんだ!」
刀をなくしたきしの腹を目掛けて鮎が串を真っ直ぐに突く……。
その刹那、ボギボギメリメリと大きな音が森に響いた。
鮎の後に生えている木が倒れ、そのまま鮎の背中が斬りつけられた。
「奇遇ですね」
清流のような澄んだ声が鮎の耳に届く。
「私も討論強い方なんですよ」
「こいつ、さっきの女か」
出目金は一回転して距離を取り、きしの横に降り立つ。
「そもそも論、喧嘩が強いから何だと言うんですか。あんなものはお子ちゃまの戯れですよ。喧嘩では負けん気の強さ、根性がより重要になるかも知れませんが、命のやり取りではそんなのは一切要りません。ただ殺すだけです。よって、互いの命を摘み合うこのような場において喧嘩が強いと自己主張をすることは自身が非生産的な思考を持っていると主張しているようなもんなんですよ。これってぇ、頭悪い馬鹿が言う台詞なんですよね。もしくは自身の頭の悪さを他人に詰られたいマゾヒスティックな癖を持っているか、どっちかですよね。ね?きしさん」
きしは飛ばされた自身の刀を拾い上げながら「そうだね、出目金の言う通りだね」と相槌を打つと、刀が折れていないのを確認し安堵の溜息を「ふぅ」と出した。
「変な詭弁ばかり垂れる醜い女め」
気味が悪いぜと言い捨て、鮎は後へ距離を取るように下がる。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
突如、微かに響くお経が辺りを包む。
出目金は声のする方の草木を足でガサガサと分けると「なんでここにいるんすか?」と呆れた声を出す。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
そこには草の影で御経を唱えながらうずくまる右近の姿があった。
「きっと屋敷から逃げてきたんじゃないかな。縛られていた木が倒れていたし。出目金、人間の避難を最優先にしてくれ」
右近は震える声でぷつぷつ呟いている。
「ば、罰が当たったんだ。こんな魚の化け物がいるなんて、罰が、罰があ、あぁあ、あ、当たったんだ。閻魔様がお怒りなんだ。あぁ仏様どうかどうか私めは過去の行いを悔い改めます。ですからどうかどうか」
出目金は「了解です。きしさん」と軽い調子で応えると、右近に近づき片足を後へ引き上げて球を蹴るような体勢に入る。
「あっ! 出目金だめだ! ちょっと待って!」
出目金はきしの制止を聞かず右近を蹴り上げると、右近は山の向こう側へ綺麗な弧を描きながら空へ飛ばされていった。
「きゃああああぁぁぁ」
大きな悲鳴が小さくなって、やがて聞こえなくなった。
「死んじゃうよ!」
「大丈夫っすよ。たくさん木が生えてそうなところに飛ばしたので、どっかで引っ掛かるんじゃないっすかね? 彼、悪運強そうでしたし」
「えぇぇ。避難って言ったのに……」
きしはぐったり肩を下げた。
「きしさん、戦に集中してください。ただでさえ、きしさんは私より弱いんですから」
出目金はきしの言葉をかき消すように冷たい眼差しを向けた。
「確かにそうだけど、それでもやるしか」
きしは右近の安否を諦めて、鮎に向けて構え刀を振る。
「ないっ!」
きしの渾身の一撃を鮎は上半身を後に倒して簡単に避ける。
「浅いぜ」
きしの振り切った刃の上に、出目金が飛び乗り鮎を追撃するように、両刀を交差し首を狙いに来る。
「!」
鮎は出目金に不意を突かれ、なんとか避けるが体勢を崩して後へよろける。
きしはぐっと低く屈み、鮎の足元を素早く斬りつける。
鮎はよろけた拍子で後へ下がり、運よく斬り傷は浅く済んだようだが膝を掠めた。
「こいつら攻撃のタイミングを微妙にずらして斬りにきやがる。どっちの攻撃が本命かわからねぇ。クソッやりずれぇな」
鮎の後へ回転しながら回った出目金は片手に持っているセキショウの刃を鮎に投げつけた。
鮎は「ヒッ」と息を吐いて避ける。
きしは、投げられた出目金のセキショウを片手で握り、受取める。
セキショウの刃を直接握るきしの手からは血が滲み滴るが、きしは顔色一つ変えない。
出目金は避けて傾いた鮎に斬りかかり、そのままきしの横に降り立つと、きしの手からセキショウの刀を奪うように取り上げ跳び上がる。
跳び上がったまま出目金は空中で「きしさん!」と叫ぶと、きしは刀を空を切るように横に振る。
出目金はきしの刀の端にふわりと着地すると片足を軸に置き、きしが刀を振る勢いの乗って鮎の目の前へと飛び出した。
そのまま鮎に両刀で斬りかかりながら鮎の背後へ通り過ぎる。
同時に、鮎の身体中から真っ赤な鮮血が噴き出した。
「前後左右から、こいつら意味がわからねぇ。動きが脱線してるように見えて確実に攻撃してきやがる」
鮎はまるで猫に弄ばれている鼠のようで、成す術がない。
「出目金の戦闘能力、相変わらず凄いな」
きしは出目金の舞うような刀裁きに感嘆の声を漏らす。
(不味い不味い不味い不味い不味い)
鮎は先程の出目金の声を思い出した。
『互いの命を摘み合う』
死線をくぐり抜けた者の持つ静かな落ち着いた、それでいて腹にそっと溶け込む圧を含む響き。
(摘まれる、俺の命が。こいつに)
斬られた痛みより死への恐怖、生への未練が鮎を襲う。
生き残る道はないか? 鮎は必死に考えるが頭が回らない。
「あ、あの格下の男を先に殺るしかねぇ!」
鮎は焦燥に駆られ必死の形相できしに斬りかかるが、きしは単純な鮎の攻撃をひらりとかわす。
きしの着物だけが斜めに斬り裂かれ、木の葉が鮎を嘲笑うように辺りを舞うばかりであった。
突然、出目金は歯を食い縛り、目を見開きながら鮎へと真っ直ぐ突っ込んだ。
刀も構えず向かってくる出目金に鮎はぎょっとしたが、この好機を絶対に逃してはならないと勘が叫ぶ。
(こいつ、俺を舐めて油断したか?)
「勝機!!」
鮎は出目金の腕の付け根をグサリと刺し貫く。
「ゴリィ」と骨を砕く音と共に出目金は苦しげな顔で唸りながら鮎の後へ転がるように逃げ、距離を取る。
「出目金!」
きしは訳が分からない事態に動揺しながら、鮎が出目金を追撃しないよう自身も鮎へと斬りかかる。
鮎はきしの刀を串で退け、突き飛ばすと歓喜の笑い声を上げる。
「ハハハハハハ! 自分から馬鹿みたいに突っ込んできやがったぞこの女! 刀も構えずに! ハハハハハハ!」
きしは出目金に駆け寄り、抱いて支える。
出目金の片腕はぶらぶらと力なく垂れ下がっており、肩骨も折れ骨先が肉を突き破り外に飛び出している。
激痛で出目金の顔は歪み、「ゼェッゼェッ」と息を荒げる。呼吸で肩が上下する度に自身の骨が肉を刺し、苦しそうに「ぅう」と呻き声を上げた。
「出目金、なんでこんな無茶なこと」
出目金はきしの問いに答えず「ハァ、フゥ」と呼吸を整えようと吐く息の量を少しづつ調整する。
腕からは血がどくどくと流れ、細く白い指先を伝い地面を赤く染める。
鮎は嬉しさを抑えきれない。先程、斬られた傷の痛みも忘れるほどだ。
「骨ごと串で砕いたぞ! お前の骨を砕いたぞ! どうだ、おい! お前の片腕はもぅ動かない! 堪えられない痛みで意識も飛びそうだろ? 天は俺の見方をした! 俺が勝つようにな! 勝機が見える! ハハハハハハ!」
ひとしきり笑うと鮎は急に底のない暗く冷たい目できしと出目金をじっと見る。
「こっから形勢逆転だな」
臓物に直接響くような鮎の低く禍々しい声。
出目金を抱きかかえるきしの瞳に、躙り寄る鮎が写る。




