7.テストの後
キーンコーンカーンコーン
中間テスト最終科目である数学のテストの終了を告げるチャイムがなった。
「はーい、筆記用具置いてください。そしたら裏返しにして、後ろから前に流してください」
後ろから流れて来る解答用紙に、自分の解答用紙を重ねて前に回す。今回は全体的によくできた感触があった。試験官をしていた先生は解答用紙を回収し終えると、お疲れ様と一言残して教室を去っていった。教室の中は「おわった。」という、解放と絶望を感じさせる声で溢れていた。
一度伸びをしてから、筆記用具を筆箱へと戻し帰る準備をする。今日はホームルームがないので、テストが終わればそのまま帰れる。リュックを背負い、教室から出るとちょうど笹原と鉢合わせた。
「よっ、吉岡テストどうだった?」
「まあまあいい感じかな、そっちは?」
「俺は、散々かな」
「そっか、いつも通りだな」
「うるせー」
彼がふざけてキックをかましてきたので、じゃあねと手を振って逃げるように下駄箱へと向かった。テストが終わったばかりで宿題も何もないので、全ての教科書をロッカーにしまい、ローファーに履き替える。昇降口から外に出て、駅に向かう。テストの科目数が人によって異なるためか、駅はいつもより人が少なかったように思える。電車に乗り、一駅で自宅の最寄り駅へと到着するが今日は予定があったので降りずに最寄りを通過する。そこから数えて3つ目の駅で僕は電車を降りた。
改札を出て少し右手に進んだところで立ち止まりスマホを開くと、桜庭陽和からのLINEが届いていた。
「みんなでテストの振り返りしてたら遅くなっちゃった。あと10分くらいで着くと思う」
結局彼女が到着したのは15分後だった。
「お待たせ、ごめんね遅くなって」
「いいよ。それより、こんなところに呼び出して何をするの?」
「昨日送ったじゃん。お礼したいからって」
「それは見たけど、そもそも僕は行くなんて返事してないけど」
「でも来てくれたじゃん」
「それは君が来てくれるまで待ち続けるなんて脅すからでしょ」
「あっはっは、別に脅しじゃないよ。そうでも言わないと吉岡くんは平気で無視しそうだったから。よし、じゃあ着いてきて」
目的地も知らされないまま僕は彼女に着いていった。どこに行くのか不安だったけれど彼女は駅のすぐ隣にある商業施設へと入った。
「ここが目的地?」
「そう、この上ね」
「映画でも見る気?」
「そう。よく分かったねー」
「いや、ここに来たらみんな映画館へ行くって分かるよ。そもそも、そこのエレベーターにでっかく映画館の宣伝してあるし」
僕らの目の前にあるエレベーターの扉には、公開中の映画のイラストがデカデカと描かれていた。
「だよねー、まあいいじゃん。君が見たいって言ってた映画だよ」
「僕何か言ったっけ?」
「言ったじゃん。ほら、一緒にテスト勉強した帰り」
そういうと彼女はスマホで映画のポスターを開きこちらに向けた。
「あー、確かに原作読んだことあるから映画も気になるとは言ったけど」
「私も見てみたいと思ってたから、ちょうどいいなと思ってさ」
チーンという音と共にエレベーターの扉が開く。彼女は先に乗り込み、6階のボタンを押した。
「いい席空いてるかな?」
彼女はワクワクした表情をこちらに見せた。エレベーターは途中で止まることなく目的の6階に着き、扉が開くとすぐそこに映画館が見える。僕も何度も来たことがある場所だ。映画館に入るとそれだけで何故か少しドキドキする。映画を見るのはもちろん好きだが、映画館そのものの雰囲気も好きだ。
自動券売機をでチケットを探すと、次の上映は40分後だった。公開してから少し日にちが経っているせいか、ほとんどの席は空いていた。僕らは少し後ろの方の真ん中の二席を選択した。彼女はお礼だからと言って僕の分のチケットも払おうとしたが、前にもアイスを奢ってもらっているので無理矢理自分で支払った。 少し時間があるので、僕らは一つ上の階にある本屋に行くことにした。そこはカフェが併設された本屋で、本以外にも文房具や雑貨、食品など様々なものを取り揃えていた。しばらく別々に店内を散策していると、彼女が嬉しそうに近づいてきた。
「見てこれ、可愛くない?」
彼女が持ってきたのは、映画館のミニチュアだった。箱の中に、シートやポップコーンとドリンク、映画館そのもの、など映画館にまつわるものがランダムに入ってようだ。他にも、食べ物や看板のミニチュアなどもあった。
結局彼女はそれを一つ買って、僕はなにも買わなかった。それから僕らは映画館に戻り、入り口にある椅子に座った。上映開始まではあと20分。彼女は早速、上の本屋で買ったミニチュアの箱を開けた。中からは赤い色をした映画館のシートが出てきた。
「やったー、椅子が一番欲しかったんだよね」
映画の椅子を手に乗せた彼女は、満足げな表情だった。
「入場開始って10分前くらいだっけ?」
箱に戻した椅子をカバンにしまいながら彼女が尋ねる。
「多分そうだね」
「じゃあそろそろポップコーン買いに行く?」
一度時間を確認してから返事をした。
「そうしよう」
売り場の方に近づくと、メニューの看板が立てかけてあった。メニュー表を一瞬だけ見た彼女はすぐにこちらに顔を向けた。
「じゃあ、ペアセットにしようか」
「絶対に嫌だよ。」
「なんでさ、そっちの方が安いじゃん。」
「僕はチュロスにするから、君はポップコーンを食べな。」
彼女より先に会計を済ませるため、彼女を置いてレジへ向かい、チュロスとオレンジジュースをたのんだ。彼女は僕の後ろで、「ちぇっ」と舌打ちしてから隣のレジへ向かった。先にチュロスとドリンクを受け取った僕はレジ横で彼女を待った。彼女はキャラメルポップコーンとアイスティを受けとり、こちらに向かった。
「もー、恥ずかしがっちゃって。映画といえばポップコーンでしょ。」
「僕はチュロスも好きなんだ。だからお気になさらず」
しばらく、彼女の小言を聞いていると入場開始のアナウンスが流れた。
チケットのコードをスキャンすると、5番シアターに案内された。シアターに入り、チケットを見ながら自分たちの席へ向かう。
「君は原作読んだってことは内容は知ってるの?」
「原作通りならね。でも、内容が同じだったとしても映画館で見れるのは楽しみだよ。」
「それはよかった。」
映画が始まる前に食べてしまおうとチュロスをかじると、チョコレートの粉が落ち、制服ズボンにかかった。粉がたくさんついたチュロスは、制服を着ている時に食べるべきではなかった。今になってポップコーンにしておけばよかったと後悔するが、悔しいので彼女には黙って美味しいと言っておく。
僕らの後、他のお客さんもまばらに入り始め、上映開始前には20人くらいの人が席に着いていた。
映画はスポーツに打ち込む高校生を描いた青春ストリートで冒頭、幼少期に主人公の男の子が幼馴染の女の子を亡くし、悲しみに包まれるところから始まった。開始、15分くらいの出来事であったがすでに涙を流している人もいる様子だった。ちらっと横を確認したが、彼女は泣いていなかった。その後、主人公と、亡くなった幼馴染の妹を中心に物語は進んでゆく。大切な人の死を共有する2人、いがみ合いながらも惹かれあっていく。結局映画はその2人が結ばれたところで終了した。
横にいる彼女の存在が少し気になっていたが概ね満足だった。エンドロールが終わり、シアターの電気がつけられると現実に引き戻されたような感覚になる。リュックとドリンクを持ち、シアターを後にする。時刻は14時を回ったところだった。
「ねえ、お腹すいたしどっかでお昼食べてかない?」
「いいよ」
正直、僕もかなりお腹が空いていた。僕らはさっき行った本屋のカフェに入った。席に着くと彼女が映画の感想を語り出した。
「いやー、面白かったね」
「うん、内容知ってても面白かったよ」
「あんな幼馴染と結ばれるなんて、最高じゃない。君は幼馴染とかいるの?」
「居るわけないじゃん。君こそいないの、そういう幼馴染は」
「私の幼馴染は、奈々だけだね。まあ、奈々の幼馴染に生まれたのは人生一番のラッキーかな。奈々とは一緒仲良くいたいね」
「本当に大切なんだね。」
「うん、彼女を悲しませるようなやつがいたら私が許さないから。君も、もし奈々に近付くんなら注意しなきゃだよ」
「僕から近づくなんてありえないから安心して。そもそもこの映画も青柳さんを誘えばよかったんじゃない?」
「まーた君はそういう事を言う。奈々は私たちと違って忙しいんです。なんて言ったって文武両道の天才バレー少女だかね」
「君も同じ部活に入れば良かったのに」
「そんなことしてたら勉強についていけなくて
たちまち赤点だらけだよ。」
「今回のテストは大丈夫だったの?」
「君と奈々のおかげでなんとかなりそうだね。助かったよ。吉岡くんは?」
「僕はまあまあいい感じだったかな」
「良かったー、私のせいで君の成績が下がったら申し訳ないかね。君ならクラス一位くらい取れちゃうかもね。」
「それはどうだろう。でも今年は青柳さんがいないからね」
「そっかー、去年は奈々と同じクラスか。それじゃあ一位は難しかっただろうね。」
彼女は自分のことのように自慢げに話した。
「テストが終わったら、次は体育祭かー。吉岡くんは運動得意なの?」
彼女がなんとなく言った体育祭というワードが頭の中を曇らせる。
「得意じゃないよ。そもそも体育祭が嫌いだしね。」
「そうなんだ、君は学校行事全部嫌いそうだね。」
「別にそんなことないよ。体育祭は特別嫌いなんだ。」
「体育祭は私が実行委員だから、ちゃんと参加しなかったら許さないからね。」
「別に僕がいなくても困る人はいないよ」
「私は君がいなきゃ困るけど」
「なんで君が困るの?」
「うーん、なんでだろう。なんとなくかな」
彼女と話していると脊髄反射で喋っているのではないかと本気で思うときがある。反射的に出てきた言葉には、理由なんてないのだろう。
そのあと僕らは30分くらい話しながら食事をして解散した。テストが終わり晴れかけていた僕の心は、体育祭という暗い雲に再び包まれていった。