6.アイスクリーム
テスト勉強の帰り道、彼女がお礼をしたいと言ったので近くのアイスクリーム屋に寄った。
ショーケースにずらっと並ぶアイスを見ると、幼い頃に戻ったようなワクワクが込み上げてくる。一通り見てから僕はレモンのアイスを頼み、彼女はチョコレートのアイスを頼んだ。
持ち帰りする人が多いのか、店内食べている人は他にいなかった。カップに入ったアイスを受け取ってから、レジの一番近くにあった2人がけのテーブル席に腰を下ろす。
絶妙な柔らかさに調整されたアイスはすぐにスプーンを包み込んだ。スーパーで売られているアイスも好きだが、この食感はなかなか味わえない。舌の上で溶けた黄色いアイスは、じんわりとした冷たい感触を口全体に広げ、それを追うように甘さと酸っぱさの程よいバランスが口全体へと広がっていく。
二口目のアイスをスプーンですくった時、彼女が尋ねてきた。
「レモンが好きなの?」
「そうだね。どれにしようか迷うんだけど、結局だいたいこれを頼んじゃうんだよね。」
「へぇー、でもその気持ちわかるな。」
「君もいつもチョコ?。」
「私はいつもこれ。親と来ると小さい時からチョコ以外食べてるところを見たことないって、毎回言われる。」
「好きなんだね。」
「うーん。まあまあかな。」
「そんなに好きじゃないのにいつも頼むの?」
「別に好きなんだけどね、少し飽きちゃったのかもしれない。」
「違うのにすればよかったのに。」
「うーん。今までの習慣を変えるのはなかなか難しいね。」
そう言いながらも彼女はどんどんと食べ進める。そんな彼女の姿を見ていて、ふと前から気になっていたことを思い出した。
「君は、誰かや何かに嫌いって言ったことある?」
「え、いきなりなに、どうしたの?」
彼女は何故か嬉しそうに聞き返してくる。
「いや、君はいつもあれが好きとか、あれが良いとかポジティブなことばかり言っている気がしたから。君にも嫌いだと言えるものがあるのかなって。」
学校での彼女は、否定や拒絶を全くと言っていいほどしない。少なくとも僕はそんな瞬間を見たことがない。来るものは拒まないタイプなのかもしれない。
「私が誰にでも好き好き言ってると思ってるの?もしかしてバカにしてる?」
わざとらしく不満げな顔をつくりながら、アイスのカップにカンカンとスプーンを打ちつけている。
「そう言うことじゃなくて、嫌いとか、いやだって言うところをあまり見ないから。」
「へぇー、君も意外と私のこと見てるんだね。」
目を細めて笑う彼女はどことなく嬉しそうだった。
「確かにそう言われてみるとあんまりないかもねー。とりあえず、よっぽどな事がなければ否定はしないかな。遊びに誘われた時とか、何か頼まれた時とか。そっちの方が周りも喜ぶし、そうなったら私も嬉しいし。吉岡くんははっきり言うタイプだよね、嫌いなものは嫌いって。」
「そうだね。嫌いなものまで好き好き言ってると本当に好きなものがわからなくなってくる気がするからね。」
「かっこいいこと言うねー。じゃあこれから本当に好きなものには嫌いって言おうかな。」
「天邪鬼だね。」
「嘘つきなだけだよ。」
彼女はそう呟くと最後の一口を口に運んだ。
彼女が食べ終わった時、僕のアイスはまだ三分の一くらい残っていた。思わず食べるペースを速める。
食べ終わって暇になったのか、さっきした質問のお返しか、彼女はとんでもないことを聞いてくる。
「君はどうして、いつも1人でいるの?」
思わず口の中のアイスを吸い込んでしまい、軽く咽せる。
「そんなこと聞かれたら普通の人だったら傷つくと思うけど。」
「ごめん言い方が悪かったか、君はなんでいつも1人になろうとするの?君はわざわざ1人になろうとしてるよね。」
「別に、1人でいることに困ったりしないからね。それに、誰かと一緒にいた方がトラブルも起きやすいし。そんなリスクをわざわざ取ったりはしないよ。」
「でも、誰かと一緒にいる時間も大切だよ。確かに人と関わるから起こる問題もあるかもしれない。だけど、人と関わるから得られるものも沢山あるよ。」
彼女の言っていることはある程度正しいだろう。だけど、得られる物と失う物のどちらが多いかは人による。
「僕も前は今よりも人との関わりを少しは大切にしていたかもしれない。でも他人の気持ちが完全に理解できることはない。誰かのためになると思ってしたことでも、相手が喜ぶとは限らない。」
「それがどうして1人いることに繋がるの?」
「誰かと一緒に居るってことは、その相手のことを常に考えてなくちゃならない。だけど、考えても分からないならその労力は無駄になる。それなら自分1人でいた方が楽でいい。」
「無駄にはならないよ。完全には分からなくてもある程度は分かる。そうすれば相手が嫌がるようなことはしないで済む。」
「確かに君みたいな人なら、相手の気持ちをだいたい理解できるかもしれないね。だけど僕みたいなずっと1人で居る人間は、君みたいな理解力は持ってないんだ。」
「君は相手の気持ちが分かる方だと思うけどなぁ、それにもし分からなかったら話せばいいんだよ。きっと、そのために言葉はあるんだから。」
「お互いに本心を話しているならそうかもしれないけど、結局話してる事が真実かは分からない。言葉は騙すためにも使えるからね。」
「君はとことん捻くれてるねぇ。君は誰かを好きになったりしたことはないの?」
「ないかな。」
「ふーん。じゃあ誰かを可愛いって思ったことは。」
「それくらいはあるかもしれない。」
「へぇー。どんな子だった?」
「覚えてないよ。」
「じゃあ、どんな子がタイプなの?」
「さあね。どうせ僕が誰かと付き合うことなんてないから、考えても仕方ないよ。」
「どうしてそう言い切れるの?」
「誰かと理解し合えるなんて思ってないからね。きっと僕は誰かに合わせて生きるなんてできないんだ。」
「君はわたしと違ってとっても優しいんだね。」
「なんでそうなるの?」
「だって君は誰かを傷つけたくないから1人でいるってことでしょ。誰かと一緒にいても、その人のことが分からなくて相手に嫌な思いをさせてしまうかもしれない。だから誰とも一緒にいない。私は今までたくさんの人と関わって、平気でたくさんたくさん傷つけて生きてきた。だから君は優しいんだよ。」
「そうは見えないけど。君の周りにいる人はみんな楽しそうだし、どっちかと言うと君は優しいと思うよ。」
「はははっ、そっか。君にはそう見えてるのか。嬉しくなっちゃうな。」
「君には違うように見えているの?」
彼女は真剣な顔で僕の目を見て、すこし低いトーンでつぶやいた。
「でもきっとこれからは、たくさん傷つけることになる。」
最後の一口を食べながら聞いた彼女の言葉は僕の頭に強烈に伝播した。
しかし、彼女の表情はすぐにいつもの明るいものへと戻った。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか。もう夜になるし。」
「そうだね、ご馳走様。」
「ううん、私の方こそ今日はありがとう。」
僕らはアイスのカップをゴミ箱に入れ店を出た。
外に出るとまだ明るく、日が伸びているのを感じる。薄く赤みのかかった空の遥か向こうには、暗く分厚い雲が広がっていた。