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狼少女と一匹狼の僕  作者: なつのひ
第二章
5/9

5.テスト勉強

 金曜日の授業が終わり、1週間の学校が終わった後の帰り道は、なぜだか心が躍ってしまう。別にこれから遊びに行く訳でもないし、週末に楽しみな予定がある訳でもない。友達とどこかに出かけるなんていつが最後だったかも覚えていない。

 自宅の最寄りに着いたら、いつもと違う出口から出てコンビニへと向かう。駅に併設されたコンビニは品揃えがあまり良くないので、家とは反対方向にあるコンビニをいつも利用している。2分ほどで目的のコンビニに辿り着き、週末に向けてお菓子とジュースを買い込む。

 1.5リットルのジュースの重みで地面に引っ張られながらトボトボと足を進める。

 駅まで戻ると後ろから呼ぶ声が聞こえた。


「そう、待ってー」


 聞きなれた声の方へ振り返ると、大学生の姉が手を振って近づいてきた。僕のことを「そう」と呼ぶのは姉くらいだ。


「よっ、コンビニ寄ってきたの?」


「うん、姉ちゃんバイト帰り?」


「うん、今日も大変だったよ、ゴールデンウィークの疲れがまだ取れないね。」


 姉はみなとみらいにある大型商業施設のアパレルショップで働いている。ゴールデンウィーク中はバイトに行くたびに、死んだ目をして帰ってきていた。大型連休中のみなとみらいが、想像したくもないくらい混雑するのは想像に容易い。

 とは言え、僕の働いているしゃぶしゃぶ屋もゴールデンウィークは散々だった。店長に頼まれて4日ほどシフトに入ったが、休日手当がついても割に合わないほどの激務だった。来年はあまり入らないようにしようと心に誓っていた。


「コンビニで何買ったの?」


「お菓子とジュース。」


「おっ、あとで分けてもらおう。」


「えー、自分で買ってきなよ。」


「いいじゃんちょっとくらい。」


 渋った態度を見せたが、いつも姉が買ったものをもらっているので断ることはない。

 姉は僕とは違い社交的で、小さい頃から何かと助けてもらってきた。その上、国立大学に通う頭脳も持っていて、はっきり言って優秀な人間だ。そんな姉に勉強くらいは勝ちたいと思い、姉の通っている大学よりも偏差値の高い大学を目指しているが、今のところは姉に勉強を教えてもらっている始末だ。


「ただいまー。」

「ただいまー。」


「二人とも一緒だったんだ。」


「改札出たら目の前通ってたから捕まえた。」 


「捕まりました。」


「ふふふっ。」

 

 僕らを出迎えた母は上機嫌にキッチンへと戻っていった。僕は冷蔵庫にコンビニで買ったサイダーをしまう。リビングには既にカレーの匂いが充満していた。 夕食まではまだ時間があるので、自室でテスト勉強をする。1学期の中間テストは来週に迫っていた。1時間ほど勉強していると姉が部屋をノックした。


「もうすぐご飯だって。」


「わかった、すぐ降りるよ。」


 部屋を出るとカレーの匂いは2階にも到達していた。

ダイニングテーブルには、4人分のカレーが並べられていて、食欲をそそる強烈な匂いを放っている。

 仕事から帰ってきた父も、テーブルについていた。


「父さん帰ってたんだ。おかえり。」


「ただいま、今帰ってきたところだよ。」

 

 4人でテーブルを囲い、手を合わせる。


「いただきます。」


 カレーはいつも通りの味で美味しかった。食べ終わった後は、食器を食洗機に入れてソファーに腰をかけた。スマホを開くとLINEが一件届いていた。

 開いてみると、白いポメラニアンのアイコンをしたHiyoriというアカウントが表示された。

 驚いて思わず周りを見渡す、やましいことはないのに逆に怪しい。自分のスマホが見られることはないとわかっていてもなんだか恥ずかしくなる。逃げるように自室に戻り、改めてメッセージを確認してみる。

 

「勝手に追加しちゃってごめんね。急なんだけど明日暇だったりしない?」


 とりあえず要件を聞くために、追加のボタンを押しメッセージを送る。


「なんで?」


 返信はすぐに返ってきた。


「一緒にテスト勉強しない?」


 来週にテストが迫ったなか、一緒に勉強をしようという誘いは何もおかしくない。しかしそれは、仲のいい相手だったらの話だ。昨日まで大して話したこともないのに、なんで僕を誘ってきたのだろうか。


「なんで僕に言うの?」


「だって吉岡(よしおか)くん、頭いいじゃん。」


「僕より頭いい人は他にもいっぱいいるよ。それに、

君には学年一位の親友がいるでしょ。」


 彼女の親友、青柳奈々(あおやぎなな)は一年生の時、学年一をずっとキープしていた。


奈々(なな)は明日バイトだから、とにかく暇ならいいじゃん。」


「勉強する予定だったから暇ではないよ。しかも、一緒に勉強って何するの?」


「分からないところを教え合うみたいな?とにかく予定ないなら良いじゃん。他のクラスの子が聞いたテストの情報共有するからさ。」


 正直、勉強は一人でしたいがテストに関する情報が手に入るなら悪くない。他クラスに友達がいない僕は学校内では情報弱者だ。


「わかった、行くよ。」


「ありがとう、じゃあ、明日13時にここにきて。」


「了解。」


 送られてきたのは学校の近くの図書館の住所だった。 

 やりとりを終えたあとリビングに戻ると、風呂上がりの姉が冷蔵庫を開けていた。


「サイダーもらうよ。」


「僕のもよろしく。」


 姉は二つのコップにサイダーを注ぎ、一つを僕に手渡した。


「テーブルに今日バイトでもらったお菓子置いといたから食べても良いよ。」


「ありがとう。」


 遠慮なくテーブルの上に置かれたチョコを取るとソファーに座ってテレビをていた父親がこちらに目を向けた。


「俺にも一つとって。」


「はい、どうぞ」


「ありがとう、なんか良いことあった?」


「別にないよ。」


「そっか。」


 父親はテレビに視線を戻す。スマホの反射で自分の顔を確認するが、そこにはいつも通りの自分が写っているだけだった。


 次の日、お昼ご飯を食べ終えてから13時の待ち合わせに間に合うように30分前に家を出る。玄関で靴を履きかけたが、自転車の鍵をもったいないことに気づき一度取りに戻る。ここから図書館までは自転車で15分程度の距離だ。自転車に乗るのは久しぶりだったが、問題なく図書館にたどり着いた。自転車を止めて中に入ると、少し冷房が効いていた。図書館に併設された自習スペースに行くとグレーのカーディガンを着た彼女がこちらに手を振った。私服の彼女を見たのは初めてだ。


「やっほー、ちゃんと来てくれたんだね。」


「早いね、いつからいたの?」


「今来たところだよ。」


 僕は彼女の斜め前の席に座る。自習スペースは話しても大丈夫な場所と私語厳禁の場所に分かれていた。僕らがいるのはもちろん話しても大丈夫な場所だ。


「まず何から勉強する?」


 彼女は主要教科全ての問題集を広げていた。


「好きなのからでいいんじゃない。別に同じ教科からやる必要ないし。」


「えー、せっかく一緒にいるのに?」


「同じ場所から始めても、ペースが同じじゃないと意味ないよ。」


「私のことバカにしてる?」


「別に君の方が遅いとは言ってないよ。」


「ははっ、確かに。一本取られたね。」


 彼女の一言一言に付き合っていては、勉強は一生進まないだろう。僕は数学の問題集を開き、彼女は英語の参考書を開いた。30分ほど各々勉強を進めたあと、彼女は英語の参考書を閉じた。


「英語はもういいや。」


「飽きたの?」


「違うよ、こう見えて英語は得意なの。」


 彼女は僕にどう見られていると思っているのだろうか。授業中の様子しか分からないけれど、彼女の成績が悪いとは思えない。


「君の成績がどのくらいかは知らないけど、わざわざ僕に教わる必要はないと思うよ。」


「いつもは奈々に教えてもらってるからなんとかなってるけど、今部活とバイトで忙しいから。自分1人だとなかなか進まなかってね。そもそも奈々がいなかったら多分今の高校入れてないし。」

 

 本当に困ってそうな表情をされると、こちらも無碍に扱いにくい。


「じゃあ、分からないとこあったら聞いてよ。答えられるところは答えるから。」


「ありがとうございます、助かります。」


 わざとらしく遜る彼女を横目に数学の問題集を進める。彼女は数学の問題集を始めると、少しづつ質問をするようになってきた。彼女の質問は応用問題が中心で基礎はしっかりと理解しているようだった。理解力が高いのか、一回説明すれば大抵の問題は分かってくれるのでこちらも教えやすい。その後も物理と化学を教えながら一緒に進めた。

 集中していると時間はあっという間に過ぎていく。気がつけば時刻は18時を回り、僕らの集中力も限界を迎える。


「そろそろ終わりにしよっか。私もう集中力使い果たしたし。」


「そうだね。僕も集中力途切れてきたし、帰ろうか。」


「今日は本当にありがとうね。おかげでだいぶ捗ったよ。」


「僕も、かなり捗ったよ。教えながらだと自分もより理解できたし。」


「今日はやけに素直だねー。」


「僕はいつも素直だよ、いつもとちがうのは君の方。」


「今日は教えてもらう立場だからね、私のイメージ変わった?」


「今だに君がどんな人なのかいまいち分からないよ。」


「そうなの?」


「君は自分のことどんな風に思ってるの?」


「うーん、人気者?」


「正直でいいね。自分で人気者なんていう人初めてみたよ。」


「まあ、それだけが取り柄だからねー。」


 そんなことないよ、と言おうと思ったが彼女の反応を想像して辞めておいた。そもそも、本当に彼女がどんな人なのか何を考えているのか僕には全く分からない。ただ、こうして話している時の彼女と教室にいる時の彼女では、何かが違う気がする。その何かは、まだ分からないけれど。

 結局他のクラスが聞いた情報とやらは聞き忘れた。

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