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狼少女と一匹狼の僕  作者: なつのひ
第二章
4/9

4.次の日

 今日は弁当を持ってきてないので購買でパンを買ってから、いつも通り屋上へと向かう。屋上に続く階段は1つしかない。校舎の1番奥にある階段なので、普段ここを使う人はあまりいない。外の光もあまり入らないので基本的に薄暗く、じめじめとしているので余計に近寄りがたい。一応誰にも見られていないことを確認して、扉を開く。


ガチャッ


 老朽化もあり、建て付けがあまり良くないのでそこそこ大きな音がする。この音を誰かに聞かれでもすれば、一巻の終わりだ。ドアを開けると、決壊したダムのように一気に空気が流れはじめる。

 

 吹き付ける風の先には、いつもはいないはずの先客がいるようだ。強い風に長い髪を揺らす彼女は、こちらに気づくと大きく手を振った。


「やっほー、ちゃんと今日も来たよー。一緒に食べようよ。」


 昨日のことなど忘れたかのように桜庭陽和(さくらばひより)は平然とそこにいた。あぐらをかいている彼女は、右手で自分の横をポンポンと叩いた。そこに座れと言うことだろう。

 1日経って落ち着いていたので昨日のことについて彼女に何か言おうとは思わないが、わざわざ一緒に昼ごはんを食べようとも思わない。


「遠慮しておくよ、僕は一人で食べるから気にしないで。」


 僕は彼女と少し離れた位置に座った。すると彼女は不満げな表情をこちらに向けた。


「なんだよ、冷たいなー。」


 自分の荷物を抱えた彼女は、こちらに歩いてきて僕の正面に陣取った。


「せっかくなんだからいいでしょ。昨日のこと謝りたいし。」


「いいよ別に。あんな嘘を信じた僕もどうかしてたんだ。」


 もし僕が普段から冗談を言い合う友達でもいたなら、きっとあんなことは信じなかっただろう。


「ううん、昨日のは私が悪いよ。ごめんなさい。」


 深々と頭を下げる彼女をみて、少し申し訳ない気持ちになる。


「もういいよ、僕も強く言いすぎたかもしれない。」


「そんなことないよ、むしろ感謝してるんだ。あんなに怒ってくれる人今までいなかったし。」


 真面目で優等生な彼女が怒られることなんてよっぽどなことがなければ無いのだろう。逆に僕は今までクラスメイトに感謝されたことなんてなかったかもしれない。


「さっ、辛気臭いのはここまで。食べよ食べよ。」

 

 彼女はいつも通りに笑い、弁当箱の蓋を開けた。中には、きれいに巻かれた卵焼きやプチトマト、メインの唐揚げなどカラフルな、お手本のような弁当が詰められていた。

 僕もさっき買った焼きそばパンの袋を開ける。栄養バランスで言えば対極に位置していると言っても過言では無いが、焼きそばパンの魅力は栄養では測れない。カロリーが高いほど食欲をそそるなんて、世界は残酷だ。


「今日は購買なんだね。」


「金曜日は母親の仕事が朝早いんだ、だからいつも購買とかコンビニで買ってる。」


「そうなんだ、自分では作らないの?」


「自分で作るより、買った方が美味しいからね。時間もかからないし。君は自分で作っているの?」


「作ってないよ、いつもお母さんが作ってくれるから。」


「だったら君も人のこと言えないじゃん。」


「あははっ、そうだね。でも私は作ろうと思えば作れるから。」


「それはやらない人が言うセリフだから。」


「あっ、今バカにしたでしょ。せっかく何かおかずを分けてあげようかと思ったのに。どれにしようかなー。」


「別にいらないよ。」


「特別に唐揚げをあげようと思ったのに?」


「遠慮しておくよ。」


「唐揚げだよ、みんな大喜びでしょ。もしかして私が作った方が嬉しかった?」


 端で唐揚げを掴みながら、ニヤニヤと楽しそうな表情を浮かべている。


「唐揚げは好きだけど、今日はいいよ。」


「あっそ。じゃあ私が食べちゃいますー。」


 唐揚げは大袈裟に開かれた彼女の口に消えていった。


「もし今度、自分でお弁当を作ってきたらその時は食べてもらうからね。」


 返事をするときっと嘘になってしまうと思ったので、僕は黙って焼きそばパンを口に運ぶ。


「てゆうか、わざわざここで食べなくて大丈夫だから。友達のところに戻ったら。」


 昨日のことはもう解決した。彼女がここにいる理由はないはず。


「別に謝るためだけに来たんじゃないよ。許してもらえなくても、ここでお昼食べてたよ。」


 きっとそうなっていたら僕はここから逃げ出していただろう。そんな状況だと何を食べても味がしなさそうだ。


「一応言っておくけど、僕は一人で落ち着いて過ごしたいからここにきてるんだけど。」


「私は一人で食べたくないから、君に話しかけてるんだけど、あっはっはっ。」


 ああ言えばこう言うとはこのことだろう。


「だったら教室で食べたら。いくらだって友達いるでしょ。」


「確かに友達はいるけど、ちょっと今は教室で食べずらいんだよねー。」


 学年1の人気者な彼女でもそんなことがあるのか、人間関係とは面倒なものだ。人気者の苦労は僕には分からないが。


「実は、サッカー部の男子と付き合ってたんだけどさ、この前別れちゃって。しばらく彼と食べるからー、なんて言っちゃったもんだからすぐには戻りづらくって。」


  思っていたよりもくだらない理由で何よりだ。いじめや嫌がらせが原因だったら、僕もばつが悪い。

 彼女の恋愛事情について知りたい人はこの学校にいっぱいいるだろう。しかし、恋バナを楽しそうに話してる人の気持ちが微塵もわからない僕にとっては至極どうでも良い話だった。


「だからしばらくここで食べるね。」


「来るのを止める権利はないけど僕のことはほっといてくれると助かるよ。」


「それじゃあ寂しくない?」


 やっぱり彼女と僕は分かり合えない。分かり合えない人とは、関わらないことが1番だといつも思う。無理して付き合っていても、いつかは限界


「折角なんだから何か話そうよ。吉岡(よしおか)くんって部活入ってるの?」


「入ってないよ。なんでそんなこと聞くの?」


「いや、私たちお互いのこと何も知らないからさ。ちなみに私も帰宅部、趣味は?」


「知る必要があるとは思えないけど。」


「いいじゃん、せっかく同じクラスなんだからさ。私は本を読んだり、漫画を読んだりするのが好きかな。吉岡(よしおか)くんは?」


 勝手にもっとアクティブなのかと思っていたが、意外とインドアなのだろうか。無視するわけにもいかないので、仕方なく僕も答えておく。


「野球かな、中学までやってたしプロ野球の試合も見にいくし。あとは、音楽聴くのが好きだね。」


「へぇー、いいね。バイトはしてるの?」


「ねぇ、これはお見合いか何かなの?」


「相手をよく知るって意味では当たらずとも遠からずって感じかな。で、バイトしてるの?」


「してるよ、飲食店。」


「賄いとかでるの?」


「賄いはないけど店のものを安く食べられるって感じかな。」


「いいなー、私もバイトしてみたいな。」


「部活に入ってないならすればいいじゃん。」


「してみたいけど、親が高校生のあいだはする必要ないって。お小遣いも多めにくれるからね。」


「そうなんだ。」


 その後も彼女は質問を続けた、兄弟はいるのかとか、好きな漫画はとか、こんなことを聞いて何になるのかはわからなかったが、無視するわけにもいかないので適当に答えながら購買で買ったメロンパンを食べた。二人が食事を終えたタイミングで彼女は立ち上がり、昨日と同じ場所で柵に手をかけた。


「うわー、改めて見ると結構高いねー。吉岡(よしおか)くん、怖くない?」


「あまりの下を覗き込んだりしないから怖いと思ったことは無いよ。」


「えー、こんなとこ来たら下見ちゃうでしょ絶対。吉岡(よしおか)くんは変わってるねー。」


「僕は君の方が変わってると思うけど。それに、あんまり端にいると下から見えるよ、ここにいること。」


 ここが立ち入り禁止なことを忘れてはいけない。

 彼女は覗き込んでいた顔をこちらに向け、わざとらしく驚いた顔を作った。


「そっか、確かに。危ない危ない。私だけならともかく吉岡くんも怒られちゃうね。しばらく通うつもりだからここが無くなったら困るし。」


 彼女はにっこりと笑って見せた。


「友達に事情話して教室に戻ったら。ずっと、隠し続けるなんて出来ないんだから。」


「確かに隠し続けるのは難しいかもね。だけど正直になるのはもっと難しいことなんだよ。」


 もう一度下を覗き込む彼女の背中には、いつものような明るいオーラは無かった。

 しばらく下を眺めて満足したのか、くるりと回ってこちらを向いた。

 

「とにかく、今はここしか居場所がないんだから、仲良くしようよ。」


「僕なんかより、他クラスの友達のところにでも行ったら。ほら、バレー部のあの子とか。」


「あー、奈々(なな)のこと?奈々(なな)は部活の友達とお昼食べてるから。」


 青柳奈々(あおやぎなな)は彼女の幼馴染だと聞いたことがある。一緒に登校してきているところもよく見る。


「そんなに友達と一緒に食べろって言うならさ、吉岡(よしおか)くんが友達になってくれればいいよ。よし、そうしよう。今日から友達ね。」


「あの、もし僕のことを気にかけて行ってくれてるなら余計なお世話だから。べつに、寂しい思いをしてるわけじゃないから。」


 彼女は困っている人がいれば積極的に助けるタイプの人間だ。だから、僕のことを友達ができなくて寂しい思いをしてる子だと思ったのかもしれない。そうだとしたら、それは大きな間違いだ。


「はははっ。」


 彼女は今日一番大きな声で笑った。


「そんなんじゃないよ。私がここに来たいから来てるんだ。」


 彼女と話せば話すほど何を考えているのかが分からなくなってくる。一つ確かなのは、やはり彼女と僕は全く違うタイプの人間で分かりあうことはできないと言うことだ。

 

「そろそろ時間だから先に行くね。」


 彼女は弁当箱を拾い、屋上唯一の出入り口へと歩き出す。


 ドアを開けると、吹き付ける春風に黒い髪とスカートが靡く。


「パンツ見えた?」


 突然振り返るので一瞬心臓が止まりかけた。僕は慌てて否定する。


「見、見てないよ。」


「そう、残念だったね。」

 

 彼女は笑みを浮かべながら嬉しそうに屋上を去っていく。

 僕も荷物をまとめて立ち上がる。後2つ授業を受ければ週末がやってくる。


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