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狼少女と一匹狼の僕  作者: なつのひ
第二章
3/9

3.出会い

 校舎の屋上に上がると5月の暖かい日差しが僕を迎え入れてくれる。昼休みにこの屋上で弁当を食べるのが最近の日課だ。屋上はずっと立ち入り禁止となっているので、誰かが来ることもなければ、今さら先生が見回りに来ることもない。僕はこの空間を独り占めできる。さながら、ペントハウス気分だ。


 屋上に吹き付ける風、差し込む日差し、遠くから聞こえる昼練をする部活の声、そして少しの背徳感。

 この時間が僕にとって唯一、学校に来てよかったと思える瞬間だ。


 母が作ってくれた弁当を食べ終え、大の字に寝っ転がってみると雲が一つもないことに気がつく。春の暖かさが心地く、目を閉じて今しか味わえない至福の時間を思い切り堪能する。

 

ガチャ。

 

 突然、屋上の入り口のドアが開いた音がした。急いで体を起こしドアの方に向けると一人の女の子がいた。


「おっと、まさか先客がいるとは。こんなところで何してるんだい?」


 黒く長い髪と膝上まで上げられたスカートが風に揺られている。ぱっちりとした目に筋の通った鼻、整った顔で戯けた表情を作って見せる彼女を僕は知っていた。


 桜庭陽和(さくらばひより)だ。


 桜庭(さくらば)は同じのクラスの生徒で、学年1の人気者と言っても過言ではない。フランクで誰にでも優しくいつも友達に囲まれている、僕が1番相容れないタイプの人間だ。


「君、ここは立ち入り禁止だよ。」


 彼女は戯けた表情のまま、諭すように言葉を放ってきた。


「わざわざそれを注意しに来たの?」


 至福のひと時を邪魔されたので、わざと少し不機嫌に応えてみた。すると彼女は悪戯っぽく笑って返した。


「どうだと思う?」


「そんなこと僕には分かんないよ。」


「はははっ、わざわざ注意しにくるわけないじゃん。」

 

 彼女は楽しそうに笑った。

 最初は馬鹿にされているのかと思ったがそこに悪意は見えなかった。じゃあ何のために、そう聞こうかどうか迷っていると彼女は勝手に答えはじめた。


「ここに来た理由は、強いて言うなら君と同じかな?」


「どういうこと?」


「一人になりたかったからかな。」


「一人にならないからここにいるなんて一度も言っていないけど。」


「違うの?」


「うーん、違くはないかな。」


 確かに僕は、一人になれるからここに来ている。それ以外の理由もあるけれど。


「そういえば吉岡(よしおか)くんとちゃんと話すのはじめてだよね?」


「そうかもしれないね。」


「卒業するまで同じクラスなんだから、2年間よろしくね。」


 僕らの通う学校は2年と3年の間にクラス替えがない。今のクラスメイトとは2年間一緒に過ごすことになる。だから学年1の人気者と同じクラスになれたことを喜ぶ人はたくさんいただろう。

 きっとクラス替えをしてから彼女とまともに話してないのは僕くらいだろう。そう思わせるほどこの1ヶ月、彼女の周りにはいつもたくさんの人がいる。そんな人間がなぜ、こんなところに一人で来ているのだろう。僕は初めて彼女に対して少し、興味を持った。


「それで、何しに一人で屋上なんかにきたの?」


「何ででしょう。」


 答える気がないならわざわざ話しかけてこないでほしいし、答える気があるならすぐに答えてほしい。生産性のない会話のやり取りは時間の無駄だ。

 やっぱりこういうタイプの人間とはあまり関わりたくないので、荷物をまとめてさっさと退散することにしよう。

 広げていた弁当箱をケースにしまう。すると突然、彼女は僕に背中を向けて歩き出し、落下防止のために設置された柵に手をかけた。その柵はかなり年季が入っていて、高校生の身長なら簡単に飛び越えられてしまう。


「飛び降りてみようかなーって思って。」


 彼女は柵に手をかけながらこちらを向く。


「えっ、ちょっと。」


 僕は咄嗟の出来事で何かを考える前に慌てて立ち上がり、彼女の方へと走りだす。しかし、普段体育の時しか運動しないせいか大事な時に足がもつれる。彼女の方に向かって思い切り転倒する。


「痛っ」


 顔を上げると彼女は驚いた顔をこちらに向けていた。彼女は慌ててこちらに駆け寄り、僕に手を伸ばした。


「うそうそ、ごめんね。まさか信じちゃうとは思わなかったから。」

 

彼女の手は取らずに自分で立ち上がる。膝と肘にじんわりとした痛みを感じる。


「ごめんね。怪我してない?」


「大丈夫。だけど、僕はここから飛び降りたいと思う人がいないとは思わない。だから君が飛び降りても不思議じゃない。心の中なんて結局本人しか分からない。」


 感情を抑えきれず、どんどんと言葉が強くなる。


「誰もが君のことを理解してると思ってるならそれは間違いだ。迷惑だから、もう僕には関わらないでくれ。」


 床に置かれた弁当箱と水筒を手に取り屋上を後にする。彼女がどんな表情をしていたのかは僕には分からなかった。だけど一つ確かなのは、彼女のせいで僕の昼休みが台無しになったということだ。





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