第3章『嘘だろ…?』
今回は重い話になります。
ヒロインの笑顔に隠された過去が語られます。
第3話、どうぞご覧下さい。
ある日の晩だった。
いつものように狩りゲーに集中していると、突然電話がかかってきた。
「優人さん?」
静香のお兄さんである。
オレはとりあえず、電話に出た。
「もしもし」
「おう、涼介か。夜遅くにすまねーな」
優人さんの興奮気味な声が聞こえた。
「どうしたんスか?」
「悪ぃ、今は説明してる暇が無ぇ。すぐ迎えに行くから、家の場所教えてくれ。緊急だ」
緊急─。
その言葉を聞いた途端、オレの鼓動は激しくなった。
「わ、分かりました。すぐ送ります」
15分後、1台の黒い乗用車がウチの前に止まった。
「乗れっ」
優人さんは後部座席を指差し、オレはすぐさま乗り込んだ。
ドアを閉めるや否や、優人さんはアクセルを踏み込んだ。
「何事スか?」
「静香がレイプされかけた」
「レイプっ!?」
「心配すんな。無事だ」
優人さんは、ハンドルを握る手が強くなった。
「これで2度目だ。アイツら性懲りも無く、よくも…っ!!」
「えっ、前にもあったんですか?」
俺は絶句した。
「ああ、静香が中1の頃にな。あの頃も未遂で済んだけど…」
「そんな…」
「もう今は大丈夫だ。以前からアイツらマークしといて正解だった。仲間にお願いして、通報してもらったんだよ」
優人さんはそう言うと、信号のない夜道を100キロオーバーで飛ばした。
静香がレイプ未遂?
過去にもあった?
なんで…?
てか、なんでオレに…?
「着いたぞ」
優人さんに続き車を降りたオレは、目の前の光景に愕然とした。
ほの暗く照らされた廃工場。
その周りを取り囲む、何台ものパトカー。
次々に押し込まれる、レイプ犯であろう男達。
その中に、婦警に毛布を羽織られ、介抱される1人の人影が見えた。
まさかと思い、オレは駆け寄ってみた。
「静香っ!!」
髪は乱れ、目を泣き腫らして茫然としている静香だった。
学校帰りに襲われたんだろうか、制服がビリビリに裂かれていた。
「涼…くん?」
オレに気づいた静香は、急に抱きついた。
「静─」
「あああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」
静香は声の限り泣き叫んだ。
しゃくり上げ、涙でオレの肩を濡らしつつも、静香は泣き続けた。
オレはただ、静香の背中や後頭部を優しく叩いた。
精神的に参ってたのだろうか、やがて静香は優人さんの車の後部座席で、スウスウと寝始めた。
「悪ぃな、付き合わせちまって」
優人さんはタバコに火をつけた。
「助けを求めた時、コイツ『涼くん、涼くん』って叫んでたらしい。だから呼んだんだよ、涼介が必要だと思ってな」
フゥー、と優人さんは煙を吐いた。
「ほんとごめんな、ショックだったろ」
「いえ…オレただ、静香を慰めるぐらいしかできなくて…」
「いいんだ、それで。それだけで静香、だいぶ落ち着いてたぞ?」
優人さんは苦笑いすると、もう一口吸った。
「なあ、涼介」
「何ですか?」
「俺さ、以前静香の事『ショタ好き』つったろ?アレ、半分嘘なんだ」
「えっ…」
オレは耳を疑った。
「ホントはアイツ、俺以外の背が高い男が苦手なんだ。3年前にレイプ未遂に遭って以来な。
あの日から静香は、俺のツレとも遊ばなくなった。どうしてもレイプ魔と重なって見えて、しばらく怯えてた。あんだけ仲良かったのに、急にあんな風になっちゃ、俺らも最初はどう接していいか分からなかったよ。
中学を卒業した頃には、だいぶ元に戻ってきてた。ただ、男子とはほとんどつるまなくなった。お前に会うまではな。
どうやらお前は、レイプ魔と重なるような背格好じゃねーし、むしろ可愛げのあるヤツだったから、静香は気に入ったんだろうな。だからお前とはよく話せるんだ。
ちなみに、お前の幼なじみで、大西ってやついるだろ?」
「はい…」
「実は静香、そいつも警戒してんだ」
次から次へと明かされるショッキングな事実に、オレは戸惑うしかなかった。
「そんな…修吾はレイプなんてしてくるような─」
「分かってるよ。お前のツレがそんな事しねぇ秀才タイプぐらい、静香から話には聞いてる。
けどな、ソイツには申し訳ねーけど、例外じゃないんだと」
優人さんはタバコの煙と共に、ため息をついた。
「今でこそ距離を置けば話せるけど、近くに寄るのはまだ無理みてーだ。
だから、この事は修吾…だっけか?ソイツには内緒にしてやってくれ。
長い付き合いのヤツに、秘密を抱えるのは苦しいかと思うが」
優人さんの言う通りだった。
修吾とは長い付き合いだからこそ、これまで大した隠し事もなく一緒にいた仲だ。
けど、『静香が実は修吾が苦手』だなんて言えるだろうか?
口が裂けても言えねぇ。
そんな事したら、静香も加わったオレ達3人のせっかくの関係が、壊れてしまう。
オレはそんなのは嫌だ。
これからも2人と仲良くしたいなら、絶対に言うもんか。
オレは腹を括り、言った。
「分かりました。この事は修吾には内緒にしときます。それが2人の為なら」
「そうだな。すまんな、とんでもない爆弾抱えさせちまって」
「いえ。オレはただ、静香ともっと仲良くなりたいだけですから」
「そーかい」
優人さんは短くなったタバコをもう一度吹かした。
「てかよ」
「何ですか?」
「お前、静香に惚れてるだろ?」
「なっ…!!そ、そんな事は…」
「バレバレなんだよ。顔に出てんぞ」
優人さんは吸い殻を携帯灰皿で揉み消しながら、からかうように笑った。
「気をつけろ。アイツ察しいいから、もう気づいてると思うぞ」
二ヒヒ、と優人さんは笑った。
その笑顔が、こないだの静香と重なった。
やっぱり兄妹なんだな、とオレはしみじみ思った。
「ま、仲良くやってくれや。
ただ、ちょいとばかし気を遣って接してやれよ?
頼んだぞ、未来の弟」
「おおお弟ぉ!?」
「バッ、声デケェよ」
慌てて車内に目をやると、幸い静香はまだ寝ていた。
「家まで送るわ。助手席な」
「はい」
家に着くまで、オレ達は無言だった。
次の日、静香は学校を休んだ。
事情が事情なだけに、修吾に聞かれてもオレは『知らない』としか言わなかった。
続く