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第三話「一生に一度の勇気」

 ラティーファは、とうとう財宝のありかを知ってしまいました。これをジャザリの親分に教えたら、優しいムルジャーナお姉ちゃんが殺されてしまいます。でも、隠していたら自分が殺されてしまうのです。彼女はどうするのでしょうか?


 ━━━━━


「そうか、お宝のありかが分かったか。でかしたぞラティーファ。これで兄貴への義理を果たせるってもんだ。さて、子分たちに準備をさせないとな」


 あたしは結局、殺されるのが怖くて、親分に全部しゃべっちゃった。優しくしてくれたムルジャーナお姉ちゃんや、親切なラハマーンの旦那さまを裏切ったんだ。

 一度悪い人の仲間になってしまったら、もう戻れないんだ。あたしは自分でも知らないうちに、心まで盗賊になっていたみたい……。


 襲撃の手はずは、とんとん拍子に決まっていく。


「ラティーファ、お前さんはまだ十三の小娘だってのに、大したもんだ。兄貴が見込んだだけのことはあるぜ。いずれは俺のあとをついで頭になれるかもな。荒野の女盗賊ラティーファ。うん、いいじゃないか」


 親分が満足げにうなずくのを見て、あたしの中でなにかがプツン、と音をたてて切れたような気がした。こうなったらヤケだ。


「……ふふ、そうだね。いつかはなってみせるよ、死んだお頭以上の大盗賊に!」

「そう、その意気だ。それでこそ兄貴も喜ぶってもんだ」


 あたしたちは空を見上げて笑った。目から涙があふれてきた。


「どうした? ラティーファ」

「いや、お頭のこと、思い出しちゃって、さ」


 もちろんウソだ。

 涙といっしょに、あたしの中からなにか大切なものが流れでていった。


 ━━━━━


 とうとうラティーファは、心まで悪に染まってしまったようです……。

 そして数日がたちました。いよいよ襲撃の日です!


 ━━━━━


 その夜。お店が閉まったあと、旦那さまのお父さんである、大旦那おおだんなさまことアリ・ババさんもいっしょになって、賑やかなお食事会が開かれた。

 いっぺんにやっつける絶好のチャンスというわけだ。今日は使用人たちのねぎらいも兼ねているので、あたしも食事の席にいる。


 目の前にはたくさんのごちそう……でも、もちろんあたしは気が気じゃない。


「おや、どうしたんだラティーファ。あんまり食べてないじゃないか。育ちざかりなんだし、働き者でよく動き回るんだから、もっと食べなきゃ」

 使用人の一人であるアブダッラーさんが話しかけてくる。まずい、怪しまれないようにしないと!


「え、ええそうですね……あ、動き回るといえば、このパーティーじゃ踊りの出し物とかはないんですね、ふつうは定番なのに」


 テキトーにごまかそうと、なにげなく言っただけだった。なのに一瞬にして、場の空気が凍りつく! なに!? あたしなんかまずいこと言った!? 親分とグルだってバレた!?


「ラティーファっ……!」

「やめてください大旦那さま、彼女に悪気はないんですから……!」

 そう言うムルジャーナお姉ちゃんは顔面蒼白、ガクガクと震えてあぶら汗がにじんでいる。

「す、すみません、ちょっとお手洗いに」

 そそくさと部屋を出ていくお姉ちゃん。あたしはたまらず、そのあとを追った。


「うっ……ぐっ、げほっ!」

 お姉ちゃんはうずくまり、盛大にゲロを吐いていた。

「お姉ちゃん、大丈夫!?」

 あたしの言葉に、お姉ちゃんは力なく振り返って笑った。あきらかに無理してる。

「あはは……みっともないとこ見られちゃったな」

「みっともなくなんかないよっ! どうしたの!? 病気!?」

「違うの。あの夜や、あのときのことを思いだしちゃって、ね」


 ━━━━━


 お姉ちゃんがいう「あの夜」とは、他ならぬ、お頭が死んだときのことだった。


 お頭は大商人を装い、ふところに剣をかくして、大旦那さまを殺すために近づいたそうだ。それを見ぬいたお姉ちゃんは、踊りを見せると言ってお頭を油断させ、隙をみて短剣でひと突き! 大旦那さまを守ったのだという。


 もうひとつ、「あのとき」とは、それより少し前、お頭が油商人に化けて、かめの中に隠れた手下たちを引きつれて屋敷に泊まった夜のこと。このときも偶然お頭のたくらみに気づいたお姉ちゃんは、火にくべた油をかめに流しこんで、三十七人の手下を焼き殺したそうだ。


 えぇぇぇぇ~っ!? それじゃお頭たちの仇は、大旦那さまじゃなくてムルジャーナお姉ちゃんだったの!?


「やらなきゃ大旦那さまが殺されるって分かってた。でもね……あのときは夢中だったけど、わたしは盗賊とはいえ、三十八人もの人を殺したのよ」

「お姉ちゃん……」

「とくに、直接刺し殺したときのことは、ほとんど毎晩のように夢に見るわ。あのうらめしそうな目、苦しそうなうめき声……。ふき出した血は火傷しそうなほど熱かったのに、あっという間に冷たくなったの……」


 あたしは涙を流しながら震えるお姉ちゃんを、しっかりと抱きしめた。ほっぺたが熱い。あたしも泣いていた。


 ━━━━━


 ムルジャーナは、今でいうPTSD(心的しんてき外傷がいしょうストレス障害しょうがい)になっていたのでした。


 これはとても辛いことを経験した人、ものすごいショックを受けた人にみられる心の病気で、そのときのことをはっきり思い出してしまい、苦しむというものです。

 病気になるのは自分が被害者である場合に限りません。戦争に行った兵士などは、人を殺してしまった罪悪感から、普通に暮らすことさえできなくなる人もいるそうです。


 さらに、人は殺す相手との距離が近いほど、心理的な負担が大きくなるといいます。かめに油を流しこんだときは、盗賊を見たり触ったりはしませんでしたが、お頭のときは違いました。


 自分の手に短剣を持って体当たりし、相手の体に直接突き刺したのです。


 戦いの訓練をしていない、ふつうの女の子だったムルジャーナにとって、それは死ぬまで決して消えることのない、深い心の傷となったのでした。


 ━━━━━


「お姉ちゃん……なんでそんなことを。その盗賊の狙いは大旦那さまだったんでしょ? 知らんぷりするなり、逃げるなりすれば安全だったのに」

「それはできなかったわ。あの方は、私にとてもよくしてくれたから。恩人が殺されるのに黙っているなんて、私には」


 あたしはお姉ちゃんを見ていらず、思わず顔をそらした。


 情けなかった。恥ずかしかった。ムルジャーナお姉ちゃんは、こんなに苦しんでまで、自分を信頼し大切にしてくれた人のために、命をかけて盗賊と戦ったのだ。それにひきかえあたしはなんだ!?

 お頭やジャザリの親分が怖くて言いなりになり、お姉ちゃんやラハマーンの旦那さまの信用を裏切り、自分かわいさに、もうすぐやってくる親分を引きこもうとしている!


 あたしにはハッキリ分かった。今が人生の分かれ道だと。これは自分が悪い人たちの世界を抜けだして、まっとうな人間として生きる最後のチャンスだと。


 このまま親分を引きこめば、襲撃は成功し、お姉ちゃんと大旦那さまは殺されるだろう。ラハマーンの旦那さまや、他の使用人のみんなもだ。

 でも、いま襲撃のことを教えて、逃げるなり迎え撃つなりすることができれば、もしかしたら。


「ごめんなさい、お姉ちゃん」

「ラティーファ?」


 あたしは全部しゃべった。一生に一度くらい、勇気を出したっていいよね!

 それに、お頭たち盗賊が奪ったのは金貨や宝石だけじゃない。あたしの人生もだ。

 他ならぬ親分が言ってたじゃない。奪われっぱなしじゃ盗賊の名がすたるって。


 あたしは荒野の女盗賊ラティーファさまだ! お頭に奪われたあたしの人生を、この手に取りもどすんだっ!

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