第一話「盗賊の少女」
「アリ・ババと四十人の盗賊」に登場する人名や地名、細かい設定は本によって若干の違いがありますが、本作は原則として青い鳥文庫版に合わせてあります。
むかしむかし。ペルシア、いまのイランでのお話です。
ひょんなことから、四十人の盗賊が宝を隠していた場所を見つけ、それを手に入れて大金持ちになったアリ・ババという男がいました。
その後、盗賊の頭はアリ・ババに復讐しようとしますが、使用人の少女ムルジャーナの機転で倒されます。そして彼女は、アリ・ババの息子ラハマーンと結婚し、幸せに暮らしたということです。
でも、その幸せをつかむまでには、大変なことがあったのです。なぜなら、実は盗賊は四十一人いたのですから。
盗賊といっても、いろんなやりかたがあります。そのひとつが、仲間をお金持ちの家やお店で住みこみで働くように(昔は電車もバスもなかったので、自宅からの通勤だと時間がかかります。なので住みこみで働くことが多かったのです)仕向け、その仲間にお金のありかを探らせ、扉の鍵を開けさせて忍びこむ「引きこみ」というやりかたです。
この引きこみになるために、別の町にいた一人が残っていたのです。
━━━━━
「お疲れさま、ラティーファ。今日のお仕事はここまででいいよ」
「はい、旦那さま」
そういって、あたしはふう、と息をはき、額の汗をぬぐった。
「働き者のラティーファが来てくれて、ほんとうに助かっているよ」
「まったくだわ。まだ十三歳の女の子なのに、読み書きもうまいし計算も早いし」
店主のおじさんとその奥さまが、しきりにあたしのことを褒めてくれる。その笑顔を見ると胸が痛んだ。
あたしが盗賊、つまりドロボーで、引きこみのためにこの店で働いていると知ったら、二人はどう思うんだろう。なんて言うんだろう……。
好きで盗賊になったわけじゃない。これがアッラーの神さまがお決めになった運命だというのなら、あたしはずいぶんと嫌われているらしい。そんなにバチ当たりだった覚えはないんだけどなぁ。
ことの始まりは、十字をつけた異教徒との戦争だった。
お父さんは彼らと戦って、アッラーの神さまのところへ行っちゃった。しばらくして、今度はお母さんが流行り病で死んじゃった。てなわけで、あたしはこの歳にして身寄りがなくなってしまったのだ。
何のスキルもない子供が一人で生きていくのは大変。市場で手当たりしだいに声をかけ、簡単な仕事をしてはお駄賃をもらう。ほんの少しの食べ物のために、朝から晩まで走り回る日々。そんなとき出会ったのが、本人も含めて四十人の盗賊団をひきいるお頭だった。
あの人は私にご飯を食べさせてくれた。いいところで働けるようにと、勉強も教えてくれた。もちろん、あたしは感謝したよ。
でも、それは親切からじゃなかった。あたしをお金持ちの家かお店で働かせて、そこに盗みに入るときに手伝わせるためだったんだ。こういう役割を「引きこみ」と言うんだって。
それを聞かされた時は、怖くて足が震えたよ。地面におっきな穴が空いて、のみ込まれそうな気がした。
お父さん、お母さん。あたしドロボーの仲間になっちゃったよ。
もちろん嫌だよ、怖いよ! でも逆らったら殺されちゃう!
でもどういうわけか、出番はとんとやってこない。なんだこりゃ? 教わった勉強のかいあって、お店で下働きさせてもらってるんだけど。
まあいいか、平和に暮らせるならそれが一番だものね。店主のおじさんはいい人で、わりと自由な時間をくれるし。さて、市場でも見に行こうかな。
━━━━━
ラティーファは楽しいひとときを過ごします。でも、そんな彼女を見つめる男がひとり。その鋭いまなざし、服のすき間から見える刀傷には、まっとうな生きかたをしていない悪人だけがもつ、すさんだ感じがありました。
━━━━━
「ふう。そろそろ小腹がすいてきたなぁ」
なにげなくつぶやいたその時。
「そうか。ならどこかでメシにでもするか?」
「ひゃっ!」
いきなり後ろから声をかけられ、あたしは思わず悲鳴をあげた。こんなにたくさんの人がいるのに、まるっきり気配を感じなかったからだ。振り返って、あたしはもっと驚いた。
「ジ、ジャザリの親分……」
「久しぶりだなぁ、ラティーファ。しばらく見ないうちに、ずいぶんでかくなったじゃないか」
声をかけてきたのは、あたしを引きこみにしたお頭の弟分で、三十人からなる別の盗賊団を率いていた、ジャザリって名前の親分だった。フルネームはアル・ジャザリなんだけどみんなこう呼んでる。
「立ち話もなんだ。そこらに腰かけて腹ごしらえといこう」
そういって、お頭はパンと果物を手渡してくれた。
「まさか、兄貴がやられちまうとはなぁ」
兄貴とは、つまり四十人の盗賊を率いていたお頭のことだ。
実の兄弟ではない。死ぬも生きるも一緒だって約束したほど仲がいいって意味だ。こういうのを「義兄弟」っていうらしい。
「どういうこと?」
「都はここから遠いから、まだ知らないだろう。これを読んでみな」
そういって親分は手紙をさし出した。
━━━━━
ジャザリ。悪い知らせだ。お前は俺の手下たちと会うのを楽しみにしていたが、それは永遠にできなくなった。やつらは皆、死んじまったよ。
お前も知っているだろう? 俺が宝を隠してる洞窟を。そこを見つけたやつがいるんだ。アリ・ババって男だ。
手下にやつの屋敷を探させたが、二人がしくじった。だから見せしめに殺さなきゃならなかった。結局俺が屋敷をつきとめ、全員でアリ・ババを殺そうとしたんだが、ああ、なんてことだ! 三十七人いっぺんにやられちまったんだ!
俺は盗賊のメンツにかけて、手下どもの仇をうたなきゃならない。それも一人でだ。アリ・ババが一人でやったなら、俺だって男だ、一人でやつをやっつけないと気がすまないからな。
だが敵はてごわい。勝てるかどうかはわからない。もし次の新月の夜、いつもの場所で会えなかったら、俺はアリ・ババにやられたものと思ってくれ。
━━━━━
「もしかして、お頭は……」
「ああ。新月が満月になるまで待ったさ。でもムダだった」
そっか、盗賊団はみんな死んだのか。てことはもしかして、あたし自由の身になった?
「なあラティーファ。俺たちは盗賊だ。神さまに足を向けて生きている悪党さ。でも、そんな俺たちにだって、仁義(破ってはならないおきて)ってもんがある」
親分はパンを一口かじってから続ける。
「仲間を裏切っちゃならねぇ。そして、もし仲間がやられたら、仇をやっつけなきゃならねぇってことだ。……お前さん、兄貴がやられたんだ、まさか何もしないわけじゃないよな?」
「そ、そんなわけないじゃない。あたしだって親分の仇はうちたいよ。でも、悔しいけどあたしひとりでできることなんて、たかが知れてる。それに、アリ・ババのいる都まで子供ひとりで旅するなんて、ムリだよ……」
断れる雰囲気じゃない。そんなことしたら命がないのはあたしでもわかる。だから口からでまかせ、テキトーな嘘でごまかした。
「そうか、そうだな。でも今は俺がいる。二十九人の子分もな。俺たちと一緒なら旅も安心だろう」
「親分、それって……」
「俺は兄貴の、お前さんはお頭、つまり兄貴の仇をうたなきゃならない。つまり、俺たちが力をあわせてアリ・ババをやっつけりゃ、兄貴は浮かばれるってわけだな」
甘かった。
あたしはお頭たちが死んだことで、盗賊の世界から抜けだせるかも? と思った。でも、悪い人はクモの糸みたいに、どこかで別の悪い人とつながってる。だから、一度かかわりを持ってしまったら、もう逃げられないんだ……
ジャザリの親分は、あたしの親戚を名乗ってお店に来て、身柄を引き取ると申し出た。おじさん夫婦は疑うこともなく、笑顔であたしを送り出してくれた。
そして今、あたしは盗賊団と一緒に、馬の背で揺られながら荒野を旅している。ひづめが地面に足跡をつけるたび、地獄に近づいているような気がする。
「兄貴のしくじりは俺を呼ばず、メンツにかけて一人でやろうとしたことだ。だが俺はなりふり構わねぇ。手段を選ばずアリ・ババを殺る。家族と使用人も皆殺しだ。そうでなきゃ、四十人も殺された借りは返せねぇ」
そうつぶやいて、親分は腰の刀をなでた。
怖いよ……誰か助けて、お願い!