そして二人はロッシュ限界へ
「私、今日死ぬんだ」
音廻ちゃんは私にそう言った。彼女には夏の湿り気みたいにじめじめした要素なんて皆無だったから、突然そんなことを言うってことはつまりそういうことなのだろうと私は思った。いつもなら笑顔でお土産をくれるというのに、今日は全く口角があがっていない。木の下で涼んでいた私に向かって言った彼女の最初の言葉だった。
「なんで」
「寿命」
「……は?」
「群青 音廻は寿命で死ぬよ」
「……へぇ、どこでどう死ぬつもり?」
「今ここで。私を食べてよ」
「ちょっと何言ってるのかわかんない。昨日何したか覚えてる?」
「幻さんとおっきなトランプタワー作った」
「その数日前は」
「ファントムさんとゲームした」
「その数週間前は」
「二人と一緒に人里を駆け巡った」
「………ほら、なんの前触れもないじゃない。どうしたの?」
「決めたことなんだよ」
「決めたって?」
「うるさいなぁ、別に貴方じゃなくてもいいんだ。一人で死ぬのでも構わないよ」
「待ってよ、わかったから。せめて明日にして」
「今日何か予定でもあるの?」
「違うよ、明日までに貴方が私に付き合うの。食べてあげるんだからそれくらいのお願い聞いてくれるでしょ?」
「うん、寂滅さん。約束ね」
「それじゃあ、屋台にでも行こう」
すると、彼女はさっきまでの冷たい表情から一変していつも通りの笑顔を振りまいた。その違和感の無さにかえって私は嫌悪感を抱く。途中で出会った友達に、音廻ちゃんが死ぬことになったらしいと話したら、驚きこそはしたけれどそういうものなのかもしれない、という態度だった。私が音廻ちゃんを食べること自体は問題はない。ただ腑に落ちないというだけなのだ。彼女を食べたとして、あとに残るのは目障りで重いものだけなのだと。彼女が死ぬ理由に検討はつかない、それでも何かあるのだとすればそれは彼女の姉の死であろう。彼女の姉は妖怪に喰われたと聞く。彼女の年を考えて、なかなかいい年齢だったのではないだろうか。彼女はすでに人間の力を超越していた。外見上は十代辺りとなんら変わらないのだ。彼女の姉が死んだ時、彼女は普通に泣いて、普通に立ち直った。これが例えるなら、彼女が一粒も涙を流さなかったツケが今になってやってきたとか。まぁ、そんなの私の邪推でしかないけれど。だって仕方がないじゃない、人間なんて少なくとも私には理解できないもの。許容と拒絶しかできない生き物のことなんて、わかるわけがない。
「あの子じゃ不満なの」
「別に。姉さん以上に優しい人だよ。あの人は私の姉の名前を語っているけれど、別に同じにする必要なんてないんだ」
「………貴方って、そんな子だったっけ」
「そうだったんじゃない?」
「はぁ。それで、結局お姉さんのことはまだ引きずってるんだ」
「まぁ………そうなるのかもしれないね」
「他のみんなには言ったの?」
「誰にも言ってないよ。遺書は書いたけど」
「友達に言ったの不味かった?」
「死んだ後のことは興味ないからどうでもいいよ」
「遺書は書いたのに?」
「遺書は書いたのに」
「なんて書いたのさ」
「教えない、読むな」
「なんでよ」
「良いじゃん別に。今貴方に死ぬって言ってるんだから遺書なんて要らないでしょ」
「何で私なのさ」
「あー、まぁ貴方なら良い感じがしてさ」
そんな言葉が返されるのはわかっていた、それでもその言葉が欲しかった。自分の人生の最期を任されること、私にその身を噛み砕かれることの快感を得る為であった。けれど、どうして私なんだろう。もっと適任が居るんじゃないの? どうして人喰いである私に頼むの?
「寿命がきたって、どういうこと」
「んー、あれはちょっと違うかも。正確には私はもう既に死んでるんだ」
「ちゃんと生きてるじゃない」
「うわぁ、ほっぺ揉むなぁ」
しばらくして、私達は音廻ちゃんの家に帰った。彼女は家に着いたや否や速攻で自分のベッドに入って寝た。少なくとも寝ている今は普通の人間に思える。
やがて、明日がきて彼女は目を覚ます。その表情を見た私は『ああ、この子死ぬんだな』って思った。ぱぱっと支度をして、背中に彼女を乗せて狼の四肢で地面を蹴る。目的もなくぶらぶらとしていたら、いつのまにか夜になっていた。
「…………それじゃあ殺すけど、何か言いたいことは?」
「初めてが寂滅さんになるとは思わなかった」
「へぇ」
「逆にそっちはないの? 私に言っておきたいこと」
「…………私は貴方の死を祝福するよ」
「うん、ありがとう」
………そうして、欠片も残さずに彼女の全てを喰らったことは今でもよく覚えている。
音廻ちゃんの家に戻って遺書を読んだ。
誰と読んだ?
やっぱりお姉さんとだろうな。
あー………くそ。
これだから人間を喰うのは嫌いなんだ。




