第8話【 ルシファーの影 】
祠の中に、エルの大声がこだまする。
「え━━━━━━━━━━━━!!!」
核心をついた深刻な秘密を、突然カミングアウトされた様な衝撃が、身体を駆け巡る。
今まで辛い出来事ばかり続いていたが、これは幼い頃から日々望み、強く願っていた事。
エルは切羽詰まった表情で、モサミスケールにお願いしてみた。
「だ、だったら、祝福してよ!」
【 ん!? 】
「……強くなって、大切な仲間を……」
エルは言葉を続ける事が出来なくなった。カサトスとラミラ……それに同年代の仲間達の事を思い出していたのだ。
もう…取り戻す事が出来ない大切な命……。震える心と身体が深い沼に沈んでいく。
【 ……、14年になる土を持っとるのか? 】
モサミスケールのその言葉に少し困惑する。
“ 土 ” の意味が分からないからだ。
「土って何??14年ってもしかして……俺14になる年齢だよ」
【 1度も受けてないなら大丈夫じゃな 】
エルの表情が明るくなる。とても小さな光だが、僅かに希望が見い出せた気がした。
前のめりに拳を握り、強い思いをのせてモサミスケールにぶつけてみた。
「おっ、俺、強いスキルが欲しいんだ!!皆を守って、魔物を倒せるような!!!」
【 バカもん!選べる訳無かろうが! 】
願う思いが即否定され、描く理想が崩れていく。
祝福の意味は分かっていたが、改めて現実を突き付けられたのだ。
【 罪深き人間が授かるのは魔力。精霊は霊力しか授からんのが決まりじゃ 】
【 今までワシは精霊しか祝福した事がないから、罪深き人間に沿った ” 魔力 “ を祝福出来るかどうか分からんぞ? 】
「えぇー……、困るよそんな……」
断ち切れない思いだが……、一方的な考えを押し付けてるのも分かっている。
でも……、望みを持たなければ、前に進めない気がするのも確かだ。
【 困るも何も、ワシは精霊達相手に4千年程祝福をしてきたんじゃ。魔力なんか知らんわい 】
「よ、4千年!?」
【 そうじゃ。精霊達相手じゃから、今まで “ 霊力 ” しか祝福した事が無いんじゃぞ。都合よく求める魔力スキルが出せると思うな! 】
こんこんと言われ、返す言葉が出ない。
苦悩に満ちた表情を浮かべるエルは、押し黙ってしまった。
祝福される内容は、それぞれの個性や能力に合ったスキルが授与されるので、スケールが決められる事ではない。その数は無限とも言われ、求めて授かるものではないのだ。
【 祝福、どうするんじゃ? 】
思い悩んでるエルの眉が小さく下がり、表情が和らいでいく。
「俺、火起こしが得意でさ、特に冬なんか村のみんなからお願いされて……」
エルは村での日々を、幸せで頼りにされていた記憶を思い出していた。
「また……みんなを暖かい光で照らしてあげたいんだ……。だから!」
「祝福してくれ!!」
優しく、強い思いが溢れてくる。どんな祝福を受けようとも、思い描くスキルが授からなくても、みんなを助け、役に立ちたいと言う思いは変わらない。
【 ワシの口に手を入れろ! 】
モサミスケールは、魔物の様な形相で鋭い牙が生える口をガバッと開けた。
「えっ!?」
身を引きたじろぐエル……。いくら強い思いがあるとはいえ、見た目が魔物の…その口に手を入れるなんて出来やしない……。
精霊と分かっていても、姿形が………。
「こ…これが祝福のやり方? な、何か…怖いんだけど」
【 皆これでやっとる 】
数千年続けて来た祝福のやり方なのだろう。モサミスケールにとっては、これが当たり前なのだ。
しかし、エルからするとこれが初めての祝福。しかもあの形相……。
「噛まない?」
【 開放してくれたお主を噛む訳なかろうが! 】
表情が曇り固まるエルと、睨むモサミスケール。
じっと見つめ合う祝福の攻防……。多分世界初。
「本当に?」
【 はよせんか!!】
苛立ち声を荒げるモサミスケールの顔が、更に魔物へと……。
エルは目の前の恐怖?に打ち勝つ様にと心を決め、目をつむりながらモサミスケールの口へと手を入れた。
<ガブッ>
「うぎゃー」
モサミスケールは、祝福の為に口を閉じただけなのだが、エルは手を噛まれたと勘違いし、バタバタとのたうち回って叫んでいる。
「噛んでる!! 噛んでるじゃんかー!!」
【 暴れるな!! 】
怒りを通り越し、呆れ顔のモサミスケール。神聖な祝福なのに……。
「ん?」
何かが…、手のひらに暖かい感覚が宿る。
【 手を出してみろ 】
あんぐり開けた口から手を取り出すと、拳から淡く白い光が漏れ出ている。
それを見たモサミスケールは、不可解な表情で小さく戸惑う。
【 えっ? 何故白なんじゃ?……。エル、手を開くんじゃ…… 】
「う、うん」
エルはゆっくり手を広げる。指が開く度に、淡く白い光が強くなる。
そして…小さな鍵が、エルの手のひらに現れた。
「これが鍵……」
【 ん? 何か書いとるぞ?? 】
モサミスケールが、エルの小さな鍵を覗き込む。
つられてエルも覗き込んだ。
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L U C I F E R
אֵיךְ נָפַלְתָּ מִשָּׁמַיִם הֵילֵל בֶּן שָּׁחַר
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ザザッと逆立つモサミスケールの身体。
切れ長の目が……何かに怯えた様に大きく開き、縦長の瞳が激しく痙攣しだした。
恐怖……殺戮……虐殺……脅威……暴挙……血の海……
混沌………………。
【 グガッ……うぐっ 】
【 ぐゴぶぐ…コッゴぉグガッ 】
【 ォゲっごぜっ……グフッ 】
【 ガふブッ……ゴフッ……… 】
言葉にならない音が、モサミスケールの口から漏れてくる……。地面に這いつくばりながら………。
【 カハッ……ハァハァハァ……… 】
【 し……白!????? 】
【 しかも……ルシファー………? 】
【 有り得ん……。罪深き人間への霊力なんて……。しかも……霊体が出るはず無いんじゃ……… 】
地面でのたうち回るモサミスケールを見て、心配になったエルは声を掛けた。
「モサミ!?大丈夫か?」
【 あっち行っとれ!…… 】
『……苦しんでる?でもこの世界じゃ回復するからいいか!』
エルは、モサミスケールが何故もがき苦しんでいるのか分からなかったが、あっち行っとれと言われれば仕方がない。
『なんて書いてんだ? ルチフェ??』
『……えー……なんか、とんでも無く弱くて無意味なスキルの鍵が出た気がする…。でも、絶対ハンターになってやるんだ!!』
と、エルも一人で悶えている。
そしてキョロキョロしだし、何かを探し始めた。
『んー……ないなぁ……』
仕方なく、エルは小声で悶えてるモサミスケールに聞いた。
「おーいモサミー…。ファーストコンタクトする鍵をさす祝福の扉って、何処にあるんだー?」
正気を失って、一人で悶えている最中なので、やはりモサミスケールから反応が無い……。
「祝福の扉は何処にあるのかなぁ…?」
と、淡く白く光る鍵を人差し指と親指ではさみ、雑にプラプラと揺らしながら扉がないか探していると……。
「んん?」
自身の胸が淡く白く輝いている。
「まぁーさかぁー。俺が扉?って訳ないか!!」
冗談っぽくヘラヘラ笑いながら、自身の胸へ鍵を当ててみた。
<バリバリッ>
<バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ>
突然轟音を上げながら、稲妻がエルの身体を走り上下左右へと伸びていく。
<バリバリバリバリバリバリッ>
【 な、何じゃ?? 】
モサミスケールが振り向くと、稲妻に包まれ、浮かび上がるエルの姿が目に飛び込んできた。
【 何じゃこれは……。何が起こったんじゃ…… 】
エルの目は真っ白になり、意識無く稲妻に縛られている。
<ドゴオオオオーガガガガー>
炎の渦がエルから放たれ、稲妻と炎が交差する。
激しく地面を引き裂いた後、四方八方へと飛び散りながら勢いを増していった。
<ドガガガー>
モサミスケールは危険を感じ、叫びながら素早く魔法を唱える。
【 トイコス!! 】
モサミスケールを包む光の輪。
この魔法は、全ての物理的な攻撃から身を守る事が出来るのだ。
モサミスケールが魔法を唱えた直後、凄まじい勢いで稲妻と炎が祠一帯に弾け飛んだ。
<ドゴゴオオオオー>
祭壇や石像、壁を破壊しながら、さらに稲妻と炎は勢いを増して………、大きな輝きが全体を包んだ。
<ゴガガガガゴオオオオー>
<ドオ━━━━━━━━━━━ン………>
全てを吹き飛ばし、塵、埃の中、宙に浮いたエルが輝きを失いながらゆっくり落ちてくる。
その背中には………微かに輝く12枚の翼の様な光が………。