第75話【 ロードル伯爵 】
ロードル伯爵家の客間で、縦長の瞳を持つ男が彼等に厳しい視線を送っている。
彼の凍り付くような冷たい視線が、テーブルに置いた短剣に映り込む。
「グスタム家に出入りする衛兵に後をつけられてまで……、君達はこの街で何を探っているんだ?」
『グスタム家に出入りする衛兵!?』
この時、クラウディー達は初めて知ったのだ。
後をつけていた人物の素性を。
しかも目の前の衛兵が、グスタム家衛兵から自分達を逃がしたという事は、繋がりが無いとも受け取れるが……。
しかしバジールの不信感は、まだ拭いきれずにいた。
「グスタム家の衛兵とは知りませんでした。その人物から私達を逃がして下さったという事ですが、何故でしょうか?」
バジールの疑問は当然だ。繋がりが有ると考えていたから…。
衛兵の縦長の瞳がさらに厳しくなる。
「もう一度聞く。君達はこの街で何を探っているんだ?」
バジールの質問には答えず、自身のもう一つの質問に答えろと迫っている。
この衛兵の祝福の能力なのか、それとも今までに培った経験なのか。
隠し事が出来ない相手……。本筋から逃してくれそうにない。
クラウディーが一度ヤブロスの方を見ると、ヤブロスは軽く頷いている。
そしてバジールとも顔を合わせた後、クラウディーは深く深呼吸した。
「グスタム家に捕らわれたと思われる、私達の大切な仲間を探しています」
ピクリと動く衛兵の表情。
クラウディーは注意深く観察しながら話を進める。
「その情報収集の為にこの街へ入り、その中で訪問させて頂きました。貴族同士、何か情報をお持ちではないかと、ロードル伯爵にお伺いしたいと考えております」
その言葉を聞いた衛兵が<バッ>と立ち上がり、目の前の短剣を掴んだ。
クラウディー達に緊張が走るが、その衛兵は短剣を自身の鞘に収めたのだ。
そして、別の衛兵に指示を出した。
「閣下をお呼びしてくれ」
そう伝えると、衛兵が呼びに行く前にドアが開き、非常に若い青年が入って来た。
目の前に座る衛兵が素早く立ち上がり、その青年から一歩引く。
青年はこの衛兵に合図を出して、他の4人の衛兵を外へ出した。
そして……。
「申し訳ありません。雑な対応をしてしまって。私が当家当主のロードルです」
クラウディー達は一様に驚いている。
見た目では20歳くらいに見える若い青年。
その青年がロードル伯爵なのかと。
クラウディー、ヤブロス、バジール、テリアーノは立ち上がり、深々と頭を下げ挨拶をした。
「私達はバルコリンでギルドに所属し活動しておりますハンターです」
その青年、ロードル伯爵は軽く頷き手を差し伸べる。
「話は扉の外で聞かせてもらいました。どうぞ座って下さい」
「父が早くに他界したもので、回りの助けを借り、未熟ながら当主をさせて頂いてます」
「色々と混み合った事情がありまして、この様な対応になっている事をご了承下さい」
若い伯爵だが非常に謙虚で、しかも堂々とした立ち振舞にクラウディー達は関心していた。
「グスタム家に捕らわれたと思われる大切な仲間。そう思われる根拠はお持ちですか?」
「はい。ヤブロス!」
そうクラウディーがヤブロスに声を掛ける。
ヤブロスは再度頷き、静かに立ち上がった。
「昨夜、盗賊と思われる数人に襲われたのですが、返り討ちした時に奪い取ったこの箱」
そう言いながら、ヤブロスはその箱を開けてロードル伯爵へと差し出した。
すると伯爵の表情が一変し、身体が震えだす。
「囚人名簿と書かれており、私達の仲間を含め “ ロードル伯爵家衛兵とその娘 ” とも記載があります」
その言葉に驚き、部屋に残っていた衛兵がロードル伯爵へと近付き、用紙を覗き込んできた。
「こ……これは!!」
「何か心当たりは無いでしょうか?」
ヤブロスの言葉に反応出来ない程、ロードル伯爵と衛兵の驚きは非常に大きい様だ。
「怪しいと思っていたが……、ジモン隊長にベルナ迄とは………」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教会裏の調理場でコラノスの表情は曇りがちだ。
回復の見込みがない原因不明の病……。
仕事は出来る状態だが、体調は不安定。
コラノスは回復系の専門家では無いので、出来る事と言えば薬草を混ぜるだけ……。
「だからせめて、薬草入りのおかゆでと思ってね」
コラノスは、出来る限りの努力をしているみたいだが、カルディアは少し疑問に思う事が。
町長を兼任する司祭なら資金も有るはずなので、薬草よりももう少し効果的な “ アレ ” を使えばと。
「調合って、” 回復薬 “ ですよね」
「そうだよ!」
「購入しないんですか?」
「んー……、この教会にはあまり資金が無いんだよ。無いと言うより、資金が出来れば貧しい人達に食事を提供するからねぇ」
その言葉にまた違和感を抱く。
エル達の先入観との相違が大きいのだ。
「提供?」
「そうさ。司祭の指示でね」
そう言いながら、コラノスは軽く頷いている。
貧しい人達への支援は、本来教会の有るべき姿だからだ。
「だから、ギルドに安い値段で依頼して、それでも良いって言うハンターさんがいれば、回復薬の調合をお願いしてるんだ」
コラノスは少し申し訳なさそうに眉を下げた。
エル達は………、全てを鵜呑みに出来ないが、今までの情報とは正反対な現状に、とても複雑な心境になっている。
原則は、貴族と教会は対等な関係と銘打っているが、それが崩れて腐敗が進んでいるのがブルーモン領。
と思っていたのだが………。
「ちょっと待っとってくれよ。司祭におかゆ届けてくるから」
「あっ、は、ハイ」
バタバタするコラノスの勢いに、ついついその様に返事してしまうエル達。
先入観、相違。それらが彼等の頭をグルグルかき回していたのだ。
そんな時、直接エルの頭にかすれた声が飛んで来る。
⇄【 ワシだったら、直接確認するがの 】⇄
冷静なモサミスケールが、いじわるそうな顔付きでエルを見下ろしている。
ここはルイス司祭に直接会って色々確認するべきだと考えているのだ。
エルはその言葉にうなずき、歩いて行こうとするコラノスにお願いしてみた。
「俺達も一緒に行っていい? どの様な状態か見たくて」