第69話【 潜入 】
灰色の闇に霞む、グスタム子爵の屋敷。
そんな中に、揺らめく人影がある。
赤い髪に劇場用の笑った仮面……。
その笑った仮面には似つかない行動だが、注意深く窓から中を覗いている。
『!?』
「モサミ……、この数と異質さは……」
【 あぁ、魔力の数からして……結構いるな! それに、魔物のコルディスコアも複数か 】
「それに……、魔導師もいる!」
エルもモサミスケールもまだ屋敷の中へ入ってないが、彼等の優れた力は魔導師が掛けたとされる ” スフラギダ・オラ ” の力より勝っていたのだ。
屋敷の中は、薄暗く明かりの少ない通路が続いている。
鍵が付いてる辺りにそっと手をかざし、<すうーっ>と優しく手を上げた。
<キュルルッ……カチンッ>
魔力の波を使って、鍵を持ち上げ開けたのだ。
濃度が濃い魔力は、扱う者の資質によって物理的な力を得る事がある。エルはそれを手の様に扱えるのだ。
その魔力は、空間に漂う事無く再度身体へと戻っていくので他者から気付かれない。
エルはそっと窓を開け、人の気配を確認してから用心深く中へ入って行った。
一方、アルガロス、カルディアも屋敷の窓近くに身を寄せていた。
窓から慎重に中を覗くアルガロス。
『いないな!!』
『よしっ、今だ』
アルガロスは手刀を作り、窓の隙間に沿って小さな魔力の刃を鍵に照射している。
エルとは違い、魔力の物理的な力を手の様に使う事が出来ない為、空間に漂ってしまうが割る事を選択したのだ。
これは、エルから教わった使い方だ。
<パキンッ>
鍵が割れ、<コトン>と額縁に落ちる。
「すごいっ!!」
カルディアは思わず声を出してしまう。
つい先程エルから使い方を聞いていたが、それをアルガロスが即実践で成功させたからだ。
アルガロスはガッツポーズ!!
ピエロの仮面からはみ出る程の自慢げな笑顔を作っている。
そしてそっと窓を開け、中を確認してから屋敷へと入って行った。
<ゴオオオオー………>
『!!!!!?』
エルとは離れ違う場所にいるアルガロス、カルディアも、屋敷内の魔力の違和感に気付く。
「何だ?? この魔力の種類は……。料理の ” メゼ ” みたいだな」
「メゼ……ぷぷっ…、確かにね……。しかも地下にも複数あるみたい……」
カルディアは、アルガロスの例え方に笑いがこみ上げてくるが、それを抑えながら屋敷内の魔力を感じ取っていた。
メゼとは、地中海料理で小皿料理の軽食・前菜の事。多種多様な野菜を中心として、多くの食材をふんだんに使用した料理の事だ。
そんなアルガロスだが、実に真剣な目をしている。
「ヤバそうだな……、行こうか!!」
そうカルディアに声をかけ、屋敷内部の暗い部屋へと入って行った。
窓から明かりがもれる部屋。
シャンデリアにローソクの火が灯り、豪華な家具や装飾品が並ぶ綺羅びやかな客間。
その部屋の中でソファーに座り、話をしている男が2人いる。
1人は、厚手で上質な布地に、権力を誇示した様な金銀の刺繍。貴金属など派手な装飾を施した服を着て足を揃えて座っている。
歳は50過ぎ位だろうか。ヒゲを横に伸ばした口を、モゴモゴと動かしているのがグスタム子爵だ。
そしてもう1人は、衛兵の様な姿に灰色の長いローブの羽織物を着ている男がいる。
子爵の前だが何故か足を組み、横柄な態度でソファーにすわっていた。
グスタム子爵の前には、ワイングラスがテーブルに置かれているが、手をつけていないみたいだ。
方や、ローブの男は、右手にグラスを持ちながら優雅にワインを飲んでいた。
おどおどした様子のグスタム子爵は、おもむろにモゴモゴさせながら口を開く。
「シ、シモニア卿、もう少ししたらマルノス卿が討伐から帰ってくるのかな?」
シモニア卿と呼ばれたローブの男は、気だるそうにグラスを<コトン>とテーブルに置いた。
「ふぅ……」
「……今回向かったのは例のオレンジダンジョン。討伐が失敗に終わってるだろうから、帰りは早いと思いますよ。しかし遺跡からここまで5時間程かかるので、夜中になるでしょうね」
一応、言葉は丁寧に話しているみたいだが、やはり態度は横柄だ。
「そうか……また失敗かぁ……」
グスタム子爵が何故討伐を気にしているかと言うと、コルディスコアの質・量で、自身の立ち位置や格付けが変わるからだ。
これはドラントスの街の利権を得る為、悪逆無道なある人物と手を組んだ事により、終わり無き主従関係が永遠に続いている事を意味している。
ワインボトルを持ちながら、薄暗い屋敷内の通路を歩く1人の男がいる。暗い廊下、そして下へ下る階段と。
灰色のローブを羽織る左目に傷があるこの男は、ぶつぶつ言いながらある地下の部屋へと入って行った。
「何でこの俺が小間使いされなきゃいけねーんだよ……」
その部屋には長い鎖で繋がれた女の子がいて、簡単な食事を作っている所だった。
歳は11歳くらいだろうか、首の後ろには刻印がされ、鎖に繋がれた足には血が滲んでいた。
「おい、準備出来たか?」
「は、はいコスタロス様」
言葉少なく、怯えている様子の女の子。
コスタロスと呼ばれる左目に傷がある男は、女の子の足に繋がる鎖の鍵を無造作に投げた。
女の子はその鍵を拾い、繋がれた鎖の鍵を開ける。
その鍵を鍵置き場に引っ掛け、隣にかかっていた黒っぽい鍵を2つ手に取る。
「俺はここで待ってるから、さっさと飯配ってこい」
「は、はい」
コスタロスは、ワインボトルをテーブルに<ドンッ>と置き、木で出来た簡易的な椅子に座った。
そしてボトルに直接口をつけ、そのままワインを流し込む。
「いつ来てもジメジメして辛気臭せー部屋だな。正気じゃーやってらんねーぜ、全く………」
「ふわぁー……」
とあくびをしながら、1人悪態をついていた。
女の子は薄暗い中、簡単な食事と飲み物が乗せられた台を悲しい表情で<ゴトゴト>と押して行く。
すると、少し大きなまだ新しい木製の扉が出て来た。
どうやら新しく備えられたみたいだ。
女の子はポケットから不思議な印字が描かれた黒い鍵を取り出し、木製の扉に挿した。
すると、赤い細い光が木製の扉を這いずり回る。
魔法が掛けられた鍵と扉が呼応しているのだ。
その情報が、グスタム子爵と話をしているシモニアへと伝わっていく。
ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認するシモニア。
『……飯の時間か』
女の子がその鍵を回すと、赤い光は消えていった。
そして木製の扉を開けると、鉄の柵で出来た扉が出て来る。
地下牢への入口……。
その女の子の後方には……劇場用の笑った仮面が、薄暗闇に浮かび上がっていた。