第68話【 仮面のインパクト 】
怪しい仮面を着ける3人の影が、とある屋敷を眺めている。
ここはグスタム子爵の屋敷。
灰色に染まっているであろう壁や屋根が、薄気味悪く暗闇に溶け込んでいる。
門番も見当たらず、庭や屋敷周辺を警戒する衛兵の姿も無い。
何故警戒しないのか……。それとも警戒する程の事でも無いと考えているのか。
どちらにしろ、この機会を逃す訳にはいかない。
「チャンスだな!」
とエルは喋りながら、アルガロスとカルディアの方を向いた。この時、いつも頭に被っているモサミスケールは、少し形を変えて腕に巻かれている。
……じっと見つめられるエル。
プルプル震えだすアルガロスとカルディア……。
苦しそうに口を押さえ、声なく肩を揺らしている。
「うっク……」
「んンっ……」
「うぅっ……」
キョトンとするエルに対して、目線を外し後ろを振り向きながら2人は手でフリフリしている。
「あっち向いてくれ! 笑っちまう。くうッ」
今から盗賊として潜入するのだが、緊張感が無いと言うか緊迫感等あったもんじゃ無い……。
これでもみんなは、それぞれ真面目に真剣に考えてここにいるのだが。
「?!」
違和感を感じたアルガロスが、じっと屋敷を眺めている。眺めてると言うか、探ってると言う感じだ。
「なぁエル、この屋敷……なんか変じゃねーか?」
「…魔力を感じねえ………」
人間が居るなら、必ず魔力が感じ取れるはずなのだ。
濃淡強弱色々あるが、人間は必ず魔力を帯びているからだ。
「さっすがアルガロス!! かなり魔力感知が上がってるね! この屋敷、魔力が外に漏れない様に魔法が掛けられてるんだよ」
「まじか?! もしかして “ スフラギダ・オラ ” の魔法?」
「うん。漬物にされてたコルディスコアの箱と同じだ。濃くて強いコルディスコアの魔力って近づくと簡単にそこにあるって分かるだろ。だから、中に何人いて魔力がどれ位なのかを隠す為じゃないかな」
それを聞いてカルディアの頭をよぎるのは、やはりあの存在。
「それってまさか……例の魔導師の仕業?」
「多分同一人物だと思う」
「エルがこの前言ってた、クラスB以上の魔導師しか扱えないって……、こんなに広範囲も出来るものなの?」
屋敷全体から魔力が感じ取れないと言う事は、それだけ大きな魔力で “ スフラギダ・オラ ” を掛けた事になる。底しれない魔導師の力に、カルディアは戸惑いを隠せないでいた。
「いや……、これ程の範囲をカバー出来るって事は、クラスAの魔力持ちじゃないかな」
「まじか……。めっちゃ気を引き締めて行くしかねーな」
と言いながら、アルガロスはエルの方に顔を向けてしまった。
瞳に映る劇場用の笑った仮面……。相手を笑い死にさせる最大のインパクトを持ち合わせた仮面が……。
「うグッ」
瞬時に口が膨らむアルガロス。必死に笑いを堪える姿が……哀れに見える……。
「よしっ」
と拳を作りながら、エルは低い姿勢でみんなに声を掛けた。
「計画通り、金品の強奪は無しだ。その代わりリッサ姉チャン達やハンターに関わる資料があったら全て頂いていくぞ!!」
「お、おう!!」
「うんっ!!」
「よしっ行こう!!」
<バババッッッッッ>
アルガロスとカルディアは左へ。エルは単独で右へと消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人通りがまばらになるドラントスの夜の街。
街中の通りは暗く、家の明かりだけがぼんやり揺らめいている。
それとは対象的に、店が立ち並ぶ通りはオイルのランタン支柱があり、火が灯されているので比較的明るくなっている。
ざわざわと賑やかな声が行き交う薄暗く小さな店の中に、クラウディー、バジール、ヤブロス、テリアーノの姿があった。
町長を兼任するルイス司祭の情報を得る為に、色んな飲み屋を回り、最後に監視・観察しやすい様に、この小さな店に集まったようだ。
店の中は、丸いカウンターが並ぶ立ち飲み風の店。
その一角に彼等がいる。
クラウディーが、回りに気付かれない様にチラッと目線を流す。
「左目に傷のある男はいるか?」
「いないわね……」
「管理局前で撒いてから、それっきりっぽいわ」
テリアーノも、他のハンターも自然を装いながら店の中を警戒していた。
クラウディーは、丸いカウンターに肘を掛けながらチーズを<ポンッ>と口に入れる。
「ルイス司祭の件、どうだった?」
「悪い噂は出て来ないなぁ。ただ鉱山の件は納得出来ないとは言っていたが……」
ヤブロスはそう言って、エールに口を付けた後<コトン>と木製のマグを置いた。
テリアーノの前にはワインが置かれ、グラスの下のプレートを指二本で押さえながら、ゆらゆらとグラスを揺らしている。
「こっちも同じねー。でもここ数年、顔を見る機会が減ったとは言ってたわ」
顔をしかめ干し肉をかじりながら、バジールはエールを<グイッ>と流し込む。
「あぁ、同じ事聞いたぜ。それに病弱っぽいともな」
「それなんだが、どうも2年程前にグスタム家に鉱山の権利を譲渡してかららしいんだ。どう思う?」
クラウディーは、敏捷術戦士としてのヤブロスの意見を確認する為に話を促した。
ヤブロスは、口を真一文字にして頭を働かせているが、とにかく情報が少ないと言うか、似たような情報しかないので、判断に困っている。
「ただ単に体調不良が続いてるのか……。でも懐疑的だな…、タイミングが同じって。鉱山絡みで民衆を気にしてるのか、何かしら圧力を受けてるのか、それともブルーモン寄りなのか……。司祭の権力は絶大だが、だからといって盲目的にならない様に気を付けないとな」
クラウディーはヤブロスの意見にうなずき、再度店内を観察しながらまたチーズを口に入れた。
「そうだな。ブルーモン寄りならこんな話し、さらに危険だからな」
バジールも軽くうなずいている。
そして、小さくため息をつきながら眉を下げた。
「司祭の件は一旦ストップするか。同じ様な情報しかないから手詰まりだし。まずは、明日のロードル伯爵だな」
そんな言葉に、ヤブロスは遠くを見つめる。
何か……、心に引っかかる事でもあるかの様に。
『あいつ等……、本当に大丈夫か?………』