第66話【 槍斧(そうふ)の男 】
<ブフオオオーウッ>
オレンジダンジョン内に、爆風が吹き荒れる。
長い触手を振り回す細長く丈の長い魔物に向けて、槍斧の男が爆風の刃を浴びせている。
<シュンシュンブババババー>
彼は、クラスAの風刃操鬼魔法戦士。風の刃を操る魔法の事だ。
しかも高潔、気品溢れる風格で他のハンター達に指示を出しながら戦っていた。
『…剣の女はクラスC…この魔物には対処出来ない……。双剣の男はクラスBだが、相性が悪い……。しかし……』
悩んだ末、身を切る思いで双剣の男に指示を出した。
「双剣の男、サポートを頼む! 前には出過ぎるなよ!」
「わ、分かりました」
双剣の男は、クラスBの俊跳透過魔法剣士。双剣を振りかざす戦い方をする為、普通の剣より短いので、触手を振り回す魔物とは戦いづらいのだ。
その双剣の男と弓の女は仲間なのだろう。双剣の男が動くと、それに合わせて弓の女も動く。
ちょうど良い攻守配置に、自身の身を置いている。
「弓の女は距離を取り、右側の幼虫を警戒しながら双剣の男の補助を!」
「はい!」
弓の女はクラスCの輔翼魔法戦士。
補助魔法士に似た役割だ。
口早に指示を出しながら魔物を見上げる槍斧の男は、飛んでくる槍の様な触手攻撃を警戒しながら、安全の為一歩引いて再度魔物を見上げた。
オレンジダンジョンには似つかない魔力を持つ魔物が、彼等の前に立ちふさがっていたからだ。
『ピルゴスワームが潜んでいるなんて……』
百足の様で、外郭は蛞蝓の様な軟体の胴体を持つピルゴスワーム。
塔の様に高くそびえるピルゴスワームの魔力は、本来クラスBに相当するが、この大きさ……クラスAに近い魔力を放っているので、討伐するには戦力が乏しい。
しかも、ダンジョンの隅に張り巡らされた糸の中には、小さく未成熟な幼虫がうごめいている。
幼虫と言えど、10センチから1メートル程の長さを持つ大小の幼虫が、うごめきながらこちらを警戒していた。
<ズルッ>
「うわっ」
双剣の男がピルゴスワームの触手を避けようと体重移動した時、ぬかるみに足を滑らせ片膝を付いてしまう。
その瞬間、細長い幼虫が飛びかかってきた。
双剣の男は、立ち上がろうとしたが……、
『えっ?』
立ち上がれない。
それを見ていたフェイスマスクの男が、口を歪めながらボソッと言葉を吐いた。
「チッ……。また餌が増えたな」
幼虫が放ったクモの巣の様な糸に足が固定され、動けないのだ。
何匹かは双剣で対処出来たが、飛びかかってきた細長い幼虫が、双剣の男の腕に……突き刺さる。
「ぐおっ」
そして……腕の肉を食い破りながら、肩から飛び出ていった。
<ブチブチブチッ>
「ぐがああああーっ」
双剣の男の悲鳴が、ダンジョンに響き渡る。
弓の女が対処しているが、幼虫の数が多くてさばききれていない。
それを見ていた槍斧の男が、ピルゴスワームの触手を交わしながら爆風の刃を双剣の男の先へと飛ばした。
「シエラブレード」
<シュババババッ>
斬り刻まれる幼虫の群が、爆風の刃によって弾け飛ぶ。
「糸を切って一旦下がれ。体制を立て直すんだ!」
「杖の男! 回復してやってくれ」
と冷や汗を流しながら細かく指示を出したその時、
<バシッ………>
突然飛ばされる槍斧の男。
ピルゴスワームから目線を離した時、飛んでくる触手の軌道が変わりその触手に弾かれて………。
地面に叩きつけられ身体がバウンドする。
<ドグゴッ>
「うグッ」
声にならない激痛が全身を駆け巡った。
強烈な打撃により、骨が折れたのだ。
槍斧を杖代わりに立ち上がろうとするが、身体が痙攣し言う事を聞かない。
そう……先頭を切って戦い、ほぼ1人でピルゴスワームに立ち向かっていた為、魔力も体力も……使い果たしていた。
『くうッ…身体が……くそっ』
さらに、しなる触手が追い打ちをかける様に複数飛んでくる。
<ビュビュンッビシュンッ>
すがる物無く……覚悟を決めるしかない槍斧の男の無念な眼差し。
そこには、ゆっくり動くピルゴスワームの触手が瞳に映っていた。
『……ここまでか……』
『悔しいが……俺の力じゃ……』
『閣下と……俺の娘を頼んだぞ』
『バウロス…………………………』
人質をとられ、呪いの刻印をされた男の最期の言葉が、誰に響く事無く消えていく……。
気高く生きてきたが、不道理に扱われながら命を失っていく。
これが……戦う者の最期の姿………。
槍斧の男は……、屈辱を味わいながら静かに目を閉じるしかなかった……………………。
<トトッ>
<ビュッ>
<ザザッ>
「バーストスピーサ」
女の声でダンジョンに詠唱が響き渡る。
<バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ>
<ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーオォ>
剣から放たれた弾ける炎に、ピルゴスワームの触手が斬り刻まれ、爆発していく。
目を見開き、業火に照らされる槍斧の男が、<フッ>と影に包まれた。
「少しは頼って下さい!!」
そう言いながら手を差し伸べたのは、剣の女……、
リッサだった。
「き……君は……、クラスCじゃ………」
「クラスBです。でも、もうちょっと強くなってたりして!!」
とウィンクする剣の女リッサ。
バーストスピーサは、クラスBの魔力では扱えないからだ。
「これ食べて下さい。ちょっと苦いけど回復しますから!」
と手渡したのは………例のお団子だった。