第61話【 パタラエ村 】
『クラスB以上の魔導師……。いったい誰だ……』
⇄【 エル、” スフラギダ・オラ ” の魔法をこの荷馬車に掛けて、魔力感知されん様にしてから中身を調べるんじゃ! 】⇄
⇄「わ、分かった!」⇄
手をかざすと、エルの魔力の波が荷馬車の幌をかすかになびかせる。
<ファン……>
エルはいつも詠唱無しだ。
この状態で箱を開けると回りに魔力が漏れ出ない。
注意深く箱を開けると…目に飛び込んできたのは、
異物!?
驚くエルとモサミスケール。
⇄「コルディスコア!!?」⇄
⇄【……結晶化が進まん様に、防腐保存液に漬けとるの……】⇄
⇄「何の為に……」⇄
箱の中には、驚く事にいくつものコルディスコアが保存されていたのだ。
エルは箱のフタを閉め、荷馬車に掛けた ” スフラギダ・オラ ” を解呪して、毛布をイリアスに掛けた。
人間にとって、コルディスコアはあらゆる鉱物に結晶化されなければ価値は無い。
だとしたらこれは一体何の為に………。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
険しいイティメノス渓谷沿いにあるパタラエ村。
民衆が行き交う姿は無く、異様に……静寂に包まれた村だ。
小さな村へと続く一本道。その手前に監視塔らしき建物が見える。
しばらく進むとそこから剣を携えた警備兵の様な人が2人、ハシゴをつたい降りてきた。
<ゴトゴト>と近付いて行く荷馬車。
「おーい、止まれ!!」
警備兵の指示に従い、荷馬車は監視塔の直ぐ手前で止まる。
ヤニスが、警備兵へグスタム家との契約書と通行証を見せている時に、イリアスが荷台から降りてきて、ヤブロスと子供達に声を掛けた。
「お〜い、お前達はここまでだ。荷物は荷台に置け。後は、子供達の護衛をしながら街迄帰るんじゃ。馬はワシの倉庫まで戻しとけよ!」
「金は管理局から受け取ってくれ!」
イリアスが愛想無くそう言うと、荷馬車は<ゴトゴト>とパタラエ村に入って行った。
エル達と馬に乗るヤブロスは、パタラエ村に背を向け歩き出す。
監視塔から少し離れた所で、ヤブロスがエル達に話し掛けようとした時、エルの方から声を掛けてきた。
「ヤブロスさん。これ!」
と言いながら伸ばした手に、何かが書かれた紙が握られている。
「ん?」
ヤブロスはその紙を受け取り書かれた文字を読む。
そこには、老舗の武器屋、防具屋、道具屋などの店名が書かれていた。
「ヤニスさんに聞いたんだ! 昔からやってて街の事良く知ってるらしいよ。そこに行ったら何か欲しい情報があるかもね! それと俺達の事は内緒だよ!」
「またね!」
と言いながらウィンクすると、エル達は直ぐ飛び跳ね森の中へと消えて行った。
「おぃおぃ、ちょっ……」
イリアス、ヤニスから離れたので色々聞こうと思っていたが、既に姿は無く……。
何故かエル達の前では調子が出ない、頭脳派で敏捷術戦士のヤブロスが、口を尖らせながら頭を振っている。
『あいつら……何を考えているんだ…』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
イティメノス渓谷の断崖絶壁を、勢い良く駆け上がっていくエル達。少しすると、小さな踊り場の様になっている所に出たので、一時そこに身を寄せる。
その場から下を見下ろすと……パタラエ村の全景が見渡せる。その形は、渓谷に沿い細長くこじんまりした小さな村。村と言うより、岩石を集める為だけに作られた様に思える。
みんなは取り敢えず岩に腰を下ろした。
アルガロスは、筒の水筒を取り出し水を飲みながらエルの方を見る。
「おいエル。コルディスコアの漬物があったってどう言う事なんだ?」
「あっ漬物それいいね! 暗号みたいで!!」
「こういうときゃー暗号化が鉄則だろ!」
とアルガロスはアゴを上げて自慢げに喋っているが、ただ言葉の流で自然に出て来ただけなので、全くの偶然である。
その横では、それが分かっているのかカルディアがくすくす笑っていた。
「あの漬物、結晶化が進まない様に、防腐保存液に漬けられてたんだ」
「結晶化が進まない様に??」
「そう。結晶化した方が価値が出るし、運搬もしやすい。でも、わざわざ防腐保存液に漬けるって事は、それ以外の使い方をするって事だろ!?」
「それって……まさか悪魔………?」
そう言ってアルガロスは拳を握りしめた。
エレティコス秘境での悪夢がみんなに蘇る。
全滅寸前の元凶となった ” 悪魔 “
混迷の魔術師リーゾック
その悪魔が語った事を、アルガロス、カルディアにも一部だが伝えていたのだ。
エルはパタラエ村を険しい表情で見つめていた。
「それだけじゃないかもだけど、可能性はあるんじゃないかなぁ……」
カルディアが、村を覗き込みながら何かを感じ取ろうとしている。
「でもこの村からは、人間の魔力しか感じないね」
「だよなぁ」
カルディアとアルガロスは、どうやら魔力探知・感知、または大まかな種別判別が、少しだが出来る様になっているみたいだ。
「イリアスさん、ヤニスさんを引いたら、村ん中はざっと9人ってとこか!?」
「うん。そうそう。さすがアルガロスとカルディアだね! まただいぶ魔力が上がってる!」
「あったりめーよ!! なんてったって、イティメノス渓谷で15回くらいまじで死にかけたからな!」
と、笑いながらアルガロスはエルの背中を<ボンッ>と叩く。
「ほんとね〜。私も死にかけたの20回くらいかなぁ。その内2回、毒や内臓えぐられて心臓止まってるしね!」
と、笑いながらカルディアはエルのほっぺたをつねっている。イティメノス渓谷での単独訓練が、どれ程過酷であったかが伺える程に。
エルは…抵抗せずその仕打ちをされるがまま受けていた。
「い、いやぁー……、生きてるってさっすがだなー! アハッ、アハハハハッ」
エルの引きつった笑い声が、渓谷へと吸い込まれる様に力無く消えていく……。
そんなエルを横目で見るアルガロスとカルディア。
2人は顔を見合わせて、いたずらっぽく小さく笑いうなずきながらエルの背中を……。
<ドンッ>
「はあっ!?」
渓谷の崖から落とされるエル。
直ぐ様2人も崖を蹴飛ばし、一緒に飛び降りた。
エルは回転しながら、いたずらっぽく笑う2人を見上げる。
「や、やったなー!!」
「イティメノス渓谷のお返しだぜ!!」
とアルガロスは人差し指を立てている。
その横で、カルディアもいたずらっぽく舌を出していた。
「お返しよ!」
はにかみながらも笑顔のエルは、くるりと回って下を向く。
落ち行く眼下にはパタラエ村。
「よし! 行くか!!」