第58話【 怪しい人達 】
キラキラ輝く朝日が、ドラントスの街を照らしている。
くすんだ灰色の外壁に朝日が吸収されて、街全体がどんよりと淀んだ様に見えるが、バルコリンと同様に民衆やハンター達には活気があり、朝から色んな言葉が飛び交っていた。
沢山の民衆が集まる中、朝食を食べに来ているクラウディーとバジールの姿がある。
「はーい、おまちどうさま! 特大パラ・ポリ・カラ牛肉ね!」
小さなテーブルに、<ドカッ>と置かれる大きな肉。
すかさずクラウディーがナイフとフォークを持ち、澄ました顔でその肉を切って<ドンッ>と自分の皿に置く。
出遅れたバジールが、慌ててナイフとフォークを持ち同じ様に肉を切り、クラウディーより遥かに大きな肉を<ドドンッ>と自分の皿に置いた。
「おぃおぃ、俺の肉より大きいじゃねーか!」
と、クラウディーが見比べている。
お構いなしに、バジールはあんぐりと大きく開けた口へと肉を運んでいく。
「それより、何か情報あったか?」
そんなバジールの言葉をよそに、クラウディーは真ん中に置かれた大きな肉から更に切り分けようとナイフを入れた。
「昨夜は全くだな。今日はヤブロスが管理局へ行くって言ってた」
クラウディーの切り分ける行動を片目でチラ見し、またバジールも負けじとナイフを入れる。
「そうか。こっちも昨日は駄目だったな。今日は道具屋関係を一通り回ろうと考えてる……」
<カチンッ>
2人のナイフが当たる金属音……。
ピタッと止まり、鋭い目でお互いに睨み合いが続く………。
後から来たブノーガギルドのテリアーノが店に入って行くと、店内が少しざわついている。
何だろうと覗くとそこでは………。
<カチカチ、カキンッ、グサッ、カチカチン、カカカカカッ>
クラウディーとバジールの肉の争奪戦が始まっていたのだ。
” 極秘 “ 任務中なのに、目立った行動……。
テリアーノは呆気にとられ、深くため息をついた後、歩きながらカウンターに置かれた大きな皿とナイフ、フォークを素早く手に取る。
<ガッ>
とクラウディーとバジールの席に座り、ナイフ、フォークを勢い良く<グサッ>と肉に突き刺す。
そして、全ての肉を高く持ち上げながら、自分の皿に<ドカン>と置いた。
突然の出来事に、呆気にとられるクラウディーとバジール。
テリアーノは、自分の皿に置いた肉を上品に切り分け小さな口に運ぶ。
そして、<コトン>とナイフ、フォークを置いて、ユックリと口を拭った。
「目立つなと言われてるのに……」
テリアーノのぼやき言葉にハッとして回りを見る2人。
視線を浴びてる事に気付いた彼等は、小さくなり恐縮しながら怒られた子供の様に座っていた。
ギルド・ハンター管理局で、依頼の掲示板を眺めるヤブロスの姿がある。
早朝では無いので、依頼件数がまばらだ。
高額で比較的安全な依頼から、又は良い案件から無くなっていくので、今残っているのは、きつい依頼や危険な依頼等。
いわゆる3K依頼である。
「きつい、汚い、危険」の3語の頭文字からくる俗語である。
しかし、ヤブロスはわざとこの時間を狙って掲示板を見ている。
「…う〜ん……」
顎下に手を当てて、少し悩みながらいくつかの貼り紙の詳細を読んでいた。
そして、おもむろに手を伸ばす。
ヤブロスが、掲示板に残っていた貴族のグスタム家(グスタム子爵)から出された荷馬車護衛1名募集の依頼を見つけ、職員のいるカウンターに持っていく。
ドラントスから隣のパタラエ村迄の片道護衛。
この護衛依頼はクラスD以上となっている。
ちなみにヤブロスはクラスCだ。
「こ、この依頼でいいんですか?」
と、管理局の女性職員が戸惑っている。
「ん? 何か問題でも?」
「あっ……、イヤ別に……」
ヤブロスは不自然な応対が気になり、それとなく聞いてみた。
「俺は昨日初めてドラントスへ来たんだよ。だから事情が分からなくてね。難しい依頼なのかな?」
「そ、そうなんですか……」
と落ち着き無くキョロキョロしている。
そして、職員はユックリ顔を近付けてきた。
「評判の悪い噂があるグスタム家なんで、報酬は高めなんですけど、みんな受けたがらないんですよ」
「悪い噂?」
ヤブロスの表情が変わる。
「良くは分かりませんが……、スパータルのウドクローヌ家絡みだとしか……」
スパータルとは、ブルーモン城の城下街の事である。
「ふぅ〜ん………」
「だから、お金に困ってるハンターさんや、他所から来た事情の知らないハンターさんがこの依頼を受けてしまうんです。直接何かされるって訳ではないんですけどね……」
悩んだ振りをしているが、ヤブロスは口を歪め何かを企んでるかの様だ。
「いいよ、これで!」
と優しい表情で対応すると、職員から気を付ける様にと一言添えられサインをした後、場所や時間、契約内容が書かれた紙を渡された。
『う〜ん、昼前集合か。クラウディーに報告して軽く昼飯食べてからだな!』
ドラントスの街中の北側には、青々と茂る林がある。そこには作りかけの防壁が有り、その周辺には外壁が灰色に塗られた倉庫の様な建物が沢山並んでいた。
その倉庫郡の一角では、老婆が白い花が咲く花壇に水をやるのどかな光景が見てとれる。
優しい風が花壇の花を揺らし、清らかな香りが漂ってくる。
その横には、林に面して灰色に塗られた古びた建物がある。
表には背の高いポールが立てられており、かすれた文字で ” イリアス倉庫 “ と書かれていた。
てっきり貴族のグスタム家近くに有ると思っていたが、そうではないみたいだ。
ヤブロスが契約書を見ながら、集合場所に間違いが無いか確認している。
『やっぱココだな…』