第170話【 見え隠れする表裏の苦悩 】
<ガシッ>
顎を掴まれる頭……。
赤毛の少年とは少し距離が空いていたにも関わらず、一瞬で目の前に……。
少年は……、その赤黒い瞳で頭と呼ばれる男を笑いながら睨んでいた。
<ふわり>と浮かぶ頭の身体……。
『クラスSに近い俺様を…、こんな簡単に……』
金縛りにあった様に動く事が出来なくなり……、次第に顔が黒く染まっていく。
「グわアアあアぁアア━━━━━━━ッ」
死へと繋がる耐え難い苦しみが、悲鳴となって辺り一帯に広がっていく。
その顔が、風に流されて崩れ消えていく。
そして声無き悲鳴へと─────────。
しかし、直ぐ頭の顔が復元していく。
それはエルが再生しているのだ。
そしてまた……。
「グワあアアおわアアア━━ぐぎゃ━━━━ッ」
死へと繋がる耐え難い苦しみが何度も何度も繰り返し続いていく────────。
その時のエルの瞳は、にわかに縦長になっていた。
エルがしているのか、それとも “ あいつ ” の所業なのか…。
今迄殺された罪無き人々の苦しみを、楽しみながら植え付けているかの様に。
目や鼻、耳、口から血が流れては消えていき、また元に戻って流れていく……。
「……やめてくれ…許してくれ…」
しかしエルは離そうとしない。
それより……、とある事が頭から離れないのだ。
エルの頭でと言うより、この時もう1人の自分の疑念が……、心の中で渦を巻いていた。
「聞きたい事がある。何故 ” アイドーネウス “ と言う名称を使ってる……?」
「そ、それは古文書に書いてあった目に見えない者と俺のスキルの内容が似ていたからだ……」
もう1人の自分が赤黒い目を細める。
頭の言葉に、嘘が無いか見極めているみたいに。
何故そんな事を聞いたのか?
それは時間が経つにつれ、” あいつ “ の古の記憶がチラつく様になっている中に、アイドーネウス(Ἀϊδωνεύς)“ 目に見えない者 ” という意味を持つ者がいるからだ。
それは…、堕天使であった頃のかつての敵……、冥界の王である─────神ハーデスの異名。
このドワーフとの関係は無いと分かっていても、やはり ” もう1人の自分 “ が気になってしまうのだ。
地域一帯を長らく恐怖に陥れていたアイドーネウス盗賊団。
その頭であるこの男の影は既に無く、そこには弱々しいドワーフが存在していた。
「ゔぃがああぁ……ごぁあぎゃ………………………」
<フォゥ━━━━━━………>
ユミル高地の風が、高まった異質な魔力の緊張感を押し流す様に流れていく。
まるで……、エル達の存在に目を瞑る様に………。
エルに顔を掴まれたまま、力無く地面に横たわり項垂れるアイドーネウス盗賊団の頭。
エルの手の隙間から見える頭の目は、永遠に続く恐怖が宿った様に細かく痙攣していた。
エルは──────苦悩を背負った表情で暗くなった空を仰ぐ。
その青い瞳は淋しげに……、何かを抱え込む様に揺らいでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事があった数時間後の西地区には沢山のギルドのハンターや衛兵達が入り、残された怪我人がいないか確認している。
これは、ヨウン博士が西地区の魔力の異変に気付き、先立って要請したものだ。
ドヴェルグ近郊のアイドーネウス盗賊団の残党探しもシグルズの指示で並行して行われ、西地区はまだまだ戦場下そのものである。
そんな中、エルとアルガロスは火を焚きながらカルディアの帰りをシグルズの後ろで椅子に座り、退屈そうに足をぶらぶらしながら待っていた。
衛兵や他のギルドに忙しそうに指示を出しているシグルズは、横目でエルとアルガロスを見る。
「……なぁ………」
心では…秘密諜報部所属の部門長として詳細に事情を聞きたいのだが、何故かそれ以上言葉が出て来ない。
西地区一帯の掌握を誰一人殺す事なくアルガロス1人でやり、カルディアは怪我人や死んで間もない人を完全に蘇生、再生、回復し……、クラスA上位であるアイドーネウス盗賊団の頭を廃人同様状態にして捕まえてきたエル……。
いずれも……、余りにも想像し難い。
しかし───────────。
シグルズ自身の魔力が……、彼等の事情を聞くなと言っている様に感じているのだ。
そんな悩める姿に、エル達は当然気付いている。
「どうやったらこんな……とか」
「報告どうしよう〜……、だろ!」
「お、お前等……」
ド直球で心を貫いていく無神経な言葉の平手打ち。
往復ビンタならぬその応酬が、シグルズの秘密諜報部としての感覚をかき乱していく。
椅子から<ポンッ>と立ち上がったエルは、頭を抱えながら悩み悶えるシグルズにとある言葉を投げかけた。
「なぁシグルズさん。創の匠の素質がある人を見つけたよ!!」
「なえっ…、何だと??? てぁ、どこに、何処にいるんだ??」
唐突すぎる……。
焦り、どもりながら言葉が漏れるが、もうどうしょうもない…。
「そんな急かさないでよ! それより今の現状があるのは、創の匠の力が少なからず働いてたんじゃない!?」
「えっ?」
アルガロスもそれに追随する。
「だな! 最弱クラスな俺達に、大地に宿る創の匠が超人的な力を貸した!! って感じだな!!」
「報告はそれで決まり!」
と、ヘラヘラしながら2人してゼブロスポーズを決めた。
身体が斜めになっているシグルズは、頭をかしげながらつられる様に…、何故かゼブロスポーズを……。
「んんっ!?」




