第161話【 掟と失態 】
<フォウン………>
と微かに空間の魔力が上がり、何かが姿を現した。
それは───────。
艷やかな唇に妖艶な瞳。
綺羅びやかで鮮やかな出で立ちでそっと佇む女性……。
その瞳からは怪しい魔力が漏れ出ている。
それはまるで……、涙を流しているかの様に………。
全てを呑み込む程の美しく妖艶な女性が <ふわり> とカルディアの首から舞い降りたのだ。
そんな女性を見つめながら暗い表情を作るモサミスケール。
見えない力に炙り出された彼女の姿をただ………見守る事しか出来なかった。
ヨウン博士とシグルズは突然の出来事で理解が及ばず、固まったまま動く事が出来ない。
「ど、どうしたの…?」
とカルディアはその女性に声を掛けるが、彼女の意識は、違う所に集中している様で反応が無い。
独り辛辣な表情で、とある墓石の前に迷わず歩み寄る妖艶な女性。
その墓石の前に跪き、苦悩な表情を浮かべながら、自身の首からとある首飾りを取り出し、それをそっと………、墓石の前に置いた。
その首飾りとは、パノプリア・マゲイア。創の匠の命を犠牲に創造した魔宝具だ。
〜第145話参照〜
シグルズは我に返り、焦りながら声を張り上げる。
「だ、誰だ貴様は……」
シグルズは、腰に携えてた短剣を素早く抜きながら身構える。
当然の発言と行動だ。
神聖な空間に突如現れた怪しい人物を発見すれば、最大限の警戒をするしかない。
しかし──────、ヨウン博士から思わぬ叫び声が飛んでくる。
「シグルズ、剣を納めんか━━━!!!」
その叫び声と同時に……、シグルズの回りに黒い影が複数浮かび上がる。
墓の守護者達だ。
<ズオオオオ━━━━━━━ッ>
「えっ?」
シグルズの小さな吐露後、その黒い影に手足を縛られてしまう。
身動き出来ないシグルズの身体が汚染された様に黒ずんでいく。
そして───────。
<ポロッ…ボロッ……>
崩れ行くシグルズの腕……、足……。
腐食し消えて行く現象と同じ様に………。
「ぐおわああああ━━━━━━っ」
シグルズの苦痛が悲鳴となって響き渡ると同時に、ヨウン博士の身体が緑色に輝き、素早く近付きその黒い影に触れて念を送る様に思いを伝えた。
「鎮まり給え 墓石を守る行動です 鎮まり給え」
ヨウン博士の思いが通じたのか、黒い影、守護者達が <そろり> と離れていく。
「グオッ」
しかし……、崩れ落ちたシグルズの身体は元に戻らない。
苦痛に満ちた悲鳴が、絶望となって落ちていく。
ヨウン博士は、激痛で痙攣するシグルズの身体を押さえながら……、力無く言葉を落とす。
「すまん…。ワシの落ち度じゃ……。ここの掟をしっかり伝えんかったから……」
「悪意や、武器を振るう行為や魔法…。即ち争いへと繋がる行動や思考に対しては、守護者が排除しようと攻撃を始めるんじゃ……」
「……これはワシの取り返しのつかない失態じゃ」
ヨウン博士の弟子…。長きに渡り、手塩に掛け育ててきた息子とも言えるシグルズ。
自分の犯した罪に苛まれながら…、心をえぐられ潰されそうな思いに顔が軋んでいた。
「いや……すみませんヨウン博士……。勝手な行動をしてしまって……」
咳き込みながらも必死に言葉を絞り出すシグルズ。
しかし守護者達が離れても…、シグルズの身体は徐々に腐食していき黒いモヤが流れていく……。
既に守護者達の魔力がシグルズの身体全体に毒の様に回り、蝕み続けているみたいだった。
「か、回復魔法を!!」
猶予の無い状況に焦りながらカルディアがそう言うと、ヨウン博士は項垂れる様に首を振る。
「ワシには回復系の魔法は備わっておらん。それよりも……、この地では悪意が無くとも武器と同じく魔法は御法度なんじゃ……。必ず命を取られる事になる……」
何も出来ない…、流れに任せるしか無い衝撃的な言葉だが、彼女の…カルディアの心は抗う事を選んだ。
「分かったわ。私が再生と回復やってみる!」
「えっ? お主が? 駄目じゃ! 同じ様に守護者達に」
と言いかけた時、カルディアはその言葉を遮る様にヨウン博士の肩に優しく触れて声をかけた。
「やらなきゃ助からないでしょ!!」