第157話【 眠る地 】
ヨウン博士はそっと目を閉じ、壁に手を当てたまま詠唱する様に心の祈りを説いていく。
「ὁδήγησον με」
「 我 を 導 き 給 え 」
ヨウン博士が動かしていた小さな石が、古の言葉に導かれる様に緑色に輝く。
と同時に、壁全体が蠢く様に波打ちだした。
波打つと言うより、空間が歪められた様に回りのモノも同じく歪んでいく。
そして、小さな石から発せられた緑色の光が、歪む空間を突っ切る様に、ヨウン博士が手を置く壁に集まりだす。
<バシュバシュバシュッ>
ヨウン博士の手を起点に、薄らと浮き上がる魔法陣の様な模様。
博士はエル達に魔法陣の様な模様に手を当てる様に促す。もちろんシグルズにもだ。
「抵抗せず身を委ねるんじゃぞ。弾かれるからな」
そう言いながら意味ありげにいたずらっぽく口角を上げる。
そんな言葉に彼等がこわごわ手を当てると、ヨウン博士はその模様に、古の言葉を発しながら魔力を流し込んでいく。
「 ἔρχομαι συναντῆσαι 」
「伺わせて頂きます」
すると模様の中から、黒っぽいグロテスクなドクロに似た様なモノが現れ、彼等の身体に巻き付き中へと引きずりこんでいく。
エル達は少しビックリしていたが、その物体に悪意は感じられなかったので、そのまま身を委ね引きずり込まれる様に中へと入っていく。
一方、シグルズは身は委ねているが、その状況にビクつき顔は引き攣っていた。
「ヨ、ヨウン博士〜…。は、博士〜………」
と涙ながらの訴えだが、もちろん誰も答えてはくれない。
手足をバタつかせ、不格好なまま中へと引きずりこまれていった。
とある空間に押し出されたエル達。
エルは何とか両足でバランスを取り立つ事が出来た。
アルガロスは両腕を振り回し、バランスを保とうとしたがズッコケてしまう。
カルディアは何故か正座状態で鎮座していた。
一方シグルズは……、頭から飛び出し <ガチンッ> と地面に打ち付けている。
そんな姿を指差しながら笑うエル達。
「バッちゃん、今の黒いのは…?」
エルがそう聞くと、ヨウン博士はにこり微笑んだ。
「墓の守護者達じゃ」
「お墓? 守護者??」
「そうじゃよ。見てみぃ」
そう促されたエルは、目を先の方へと向ける。
そんなエル達の目に映ったのは、爽やかな草原の香りがする中腹に、彼等の背丈の半分くらいの形の違う石が並んでいる光景だ。
五感に心地良い空間。そんな中に石が……。
近寄ってみると、古の文字がその石に刻んである。
ヨウン博士は石を撫でながら、毛むくじゃらな口を動かしていく。
「ここはワシ等がいた岩山とは別の岩山。君達が通った扉と通じておる」
「く、空間を移動したって事?」
「そうじゃよ」
さらりととんでもない事を言いながら、エル達の視線を手のひらでその墓へと促した。
「そしてこれらは英雄達の墓…。我らドヴェルグの民には昔から王族・貴族と言う階級な無くてのぉ。その代わり、この国は力ある功績を残したドワーフ達が治めていたのじゃ。祀られているのはそんな民達じゃ」
そう言うとヨウン博士は目をつむり、一呼吸おいた。
「即ち……、創の匠の墓じゃよ」
「えっ……、創の匠の墓!? 国を治めてた!?」
エル達が探し求めていた言葉の響きに、新たな情報が重なっていく。
ゆるり頷くヨウン博士は地面に立ち、お墓の中央にある台座の様な横幅の広い大きな石に歩み寄っていく。
「力の象徴である創の匠は、全てを犠牲にして国の為にその生涯を捧げる」
「賛辞を多く得る事はあるが、重荷もまた背負う事になる。………孤独で切なく過酷な立場…、それもまた創の匠の宿命じゃ」
「そんな中…とある事がきっかけで、世にその名称が出回らない様にした。それは、創の匠の力を利用しようとする魔の手が伸びた事が原因みたいじゃ」
「古文書には唯一殺された創の匠について書かれておったわ…」
「だから、その名称は我等ドヴェルグの民からも忘れ去られてしまったんじゃ……」
そう言い、台座の様な石にそっと手を触れた。
すると岩が淡く輝き、その輝きはヨウン博士へも移り渡っていく。
「そこに立ってごらん」
淡く輝くヨウン博士はそうエル達に促しながら、少し段差がある台座の様な石へと指差した。
「ワシは今迄、この先へ進む事は出来なんだが、君達に共鳴する石達が招き入れる様に高揚しとるわ」
「今なら……」
石と同じく高揚している様子のヨウン博士が指で空間に文字を描くと、その文字が石と共鳴する様に輝き出す。
その文字が台座を囲うように <グルグル> 回りだす。
するとエル達が立っている台座が………。
<ゴウッ>
と振動したかと思うと辺り一面から…、古の文字やら模様が浮き出て輝き、エル達はその輝きに導かれる様に……。
<シュンッ>
と…、消えていった。