第15話【 下界の世界樹シル 】
澄んだ青い空に、いつもと変わらず暖かく輝く太陽。心地よく流れて来る風と甘い木々の香り。自然豊かな大地と小鳥達の楽しげな唄。
下から灰色に輝く光に照らされながら、下界の草原に立つエルの姿があった。
回りをキョロキョロ見回し色々確認しているみたいだ。
「……戻って来た…? 戻って来た!!」
「やった━━━━━━━━━━っ!!!」
力一杯甘い空気を吸い込み、満面の笑顔を浮かべながら腕を広げた。
ずっと、ずっと思い描いてきた自分の世界。悪夢を見続けてきた様な極度の緊張から開放され、何にも縛られない自由を勝ち取った感覚に、嬉しさが高まっているのだ。
「これこれ! 変わってないなぁこの空気の香りっ」
「ってか、何処だここ?……」
見渡す限り蒼い草原と……巨大な大木。
その大木を眺めると……自身が置かれた現状に、引き戻された感覚に陥ってしまう。
「世界樹……シルって言ってたかなドラは」
「世界樹が三姉妹だったなんて知らなかったなぁ。誰が一番怖いんだろう……」
そんなのんきな事を考えながら、ゆっくり注意深く見回すが誰もいないし、気配も無い。
「……何処にもいないなぁ……」
【 ……魔力と霊力を持つ罪深き人間……… 】
「ええっ!?」
ビックリし振り向くと、さっきまで居なかったが真後ろに……可愛らしい女の子がエルを見上げていた。
髪は紫色のショートでオレンジ色の瞳。防具の様な物は、黒と紫と白色をベースとした龍のウロコ、皮膚、爪、牙から出来た様なゴスロリ風ファッションの女の子。下界の精霊風戦闘服なのだろうか。
「……え、えっと…君は……」
見た目で世界樹と分かったが、自分よりも少し幼く見えたので、エルは戸惑っているのだ。
【 ……シルです…… 】
『【 ……本当にルシファーを宿してるのかと思うくらい……平凡…… 】』
マジマジとエルを見上げるシル。
冷や汗を流すエル………。
【 成る程ですね 】
「ぇえっ?」
内容はともかく、エルは世界樹のデスマス調言葉に戸惑っている様だ。今までの世界樹の話し方と言えば、上から目線や罵倒ばかりだったから仕方がない。
シルは突然、エルを指差した。
【 乱れてます。真剣に訓練したんですか? 】
【 ユグ姉、ドラ姉の師事を無駄にするつもりですか? 】
【 自身の弱さを他者に補ってもらおうと、甘い考えでいるんですか? 】
唐突に、嵐の様に吹き荒れる言葉の攻撃。シルは指を指したまま、頬を膨らませ可愛らしい顔でエルを睨んでいた。
「……えっ…と?」
「……あのっ…ちょっと待ってくれる?」
言葉に圧倒されているエルは、動揺を抑えきれず頭が回転していない様だ。一歩下がり、両手を前に出して一呼吸置いた。
「け、経験と、心と身体の成長の為に戻って来たんだ」
【 そんな事、知ってます 】
「うっ………」
そうだろう。改めて言わなくてもシルは世界樹。ユグ、ドラから全てを託されているのだから。
【 器の強化の為に何をすべきか 】
【 罪深き人間の成長スピードに合わせた方がいいのか、それとも別の方法がいいのか。前例がないだけに、手探りで進めていくしかないのです 】
キリッとした可愛らしい顔で、淡々と話をしていく世界樹のシル。心が有るのか無いのか、見た目とのギャップに戸惑っていた。
【 そこでまず、罪深き人間の成長スピードに合わせた方法で、器の強化を進めてみて下さい 】
「人間の成長スピードに合わせた方法って?」
【 罪深き人間の事はエルの方が理解してるでしょうから、方法はお任せします 】
「そ、そんなぁ……自分で考えろってかぁ……」
【 そうです。ユグ姉から霊力の基本とその力を、ドラ姉からは魔力の底上げと使い方を。後はエル自身で器の強化をして下さい 】
エルは今まで、ユグ、ドラの指示の元、色々やらされて来たが、今回は自分で考えろと突き放されてる感じがしているのだ。
【 聞いてると思いますが、器の強化を進めないと、無になるかもしれません 】
「うっ…そっそれは……」
【シルも、ユグ姉、ドラ姉と同じ考えです。魔力と霊力の打ち消し合いが、エルの力を弱めています。そのままの状態が続くと……】
「わ…分かってるって……」
ギュッと握る拳には色んな思いや感情が詰まっている。成長出来るのかどうかの不安や、無になり皆の記憶から消えて無くなる事の恐ろしさ等が……。
【 シルは、モサミスケールが目を覚まさないのも、それが原因かと考えてます 】
「モサミも!? 何で??」
【 アーディアしたモサミの霊力も、エルの魔力と打ち消し合っているのかもしれません 】
今まで何度も聞いた話し……。それがモサミスケールに迄及んでいるとは考えていなかったのだ。
「そ……そんな事が…」
【 あくまで推測ですが、バランスが取れてない状態が続くとモサミスケールも無になるかもしれません 】
「………そ…そんなぁ………」
言葉にならない不安がエルを襲う。数千年と生きて来たモサミスケールが、自身のせいで無になるかもしれない…。そんなとてつもなく、大きな重圧がエルを襲っていた。
【 だから 】
シルはそう言って、モサミスケールの方へ手を伸した。
<パアーン>
エルの頭の上に乗るモサミスケールが淡く輝く。その輝きが収まると、モサミスケールがモソモソと動き出した。
【 モサミスケールにエルの魔力が伝わらない様にしました。でも一時的なものなので、長くは続きません 】
「あっ! モサミ!?」
頭の上でモソモソと動くモサミスケール。しかし、まだ目を覚ます様子は無い様だ。
【 時間が経てば目を覚まします 】
【 それと…… 】
シルはその言葉の後、エルをじ━━━っと見つめている。訳が分からず、少し恥ずかしくなりモジモジしだすエル。
【 気を抜くと、魔力がだだ漏れになるみたいですね……。魔物からエルの位置が分かってしまいますので気をつけて下さい 】
「あっ! 気をつけます……」
『ドラから良く注意されて、蹴飛ばされたっけ……』
漂う大陸では魔物と出くわす頻度が高い為、魔力が漏れ出ていればその位置が相手から分かるのだ。
それは、相手に先制攻撃されるおそれや、逃げられる事が有り、初動に遅れをとってしまい時と場合によっては致命的な事へと繋がってしまうのだ。
【 それから…ドリュアス 】
そう声を掛けると、草原の草がザワザワと集まりだし、その塊が妖艶な女性の姿に変わっていった。
「うわっ…何だ?」
このドリュアスと呼ばれる女性は、下界の世界樹シルのお世話係だ。緑髪で身体も全てが緑色。妖艶な女性の姿だが、魔物からすると、強い霊力を持つ危険な存在なのである。
<ブーン>
何処からか大小多くのミツバチがドリュアスの回りに集まって来た。このミツバチは、ドリュアスの攻撃隊、武器、防具と言ってもいいだろう。
【 あれを 】
シルの合図で、ドリュアスは身体の中から草木に包まれたある物を取り出した。
【 これ…ユグ姉ドラ姉からのプレゼントです 】
「プ、プレゼント!?」
【 ハイ。ドラ姉から呪われた六枚羽根の多頭魔龍の短剣と、ユグ姉からは五大精霊の剣です 】
「え━━━━━━っ………!!!!!」
エルは知っている……。まれにデーモナスヴロヒの強力な魔力が、魔龍デイールヴィロスを三体融合する事があるとドラから聞いた事がある。身体は一つだが、首、顔が三つあり、破滅、破壊の王となり君臨する事があるらしい。それを……ドラゴン・バシレウス(龍王)と呼ぶみたいだ。
それと、精霊界では基本である五大精霊。
地・水・火・風・稲妻の五大元素の精霊柱の加護を受けた剣。それぞれがとてつもない破壊力を持っており、それが一つの剣になる事は無いと言われていたが……それが目の前に………。
「…ゴクリ………」
エルは極度の緊張状態で固まっている様だ。破滅…破壊…いにしえ…伝承…伝説…神話……それらを超越した次元に……存在する武器………。
人間として、器の強化をしなくてはいけない最弱な自分が……こんな…全てを超越した武器を手にして大丈夫なんだろうかと強く物怖じしていた。
【 この強力な武器は、魔力と霊力のバランスが乱れ易いので命の危険な時だけ、短時間で使って下さい 】
『……サラッと恐ろしい事言ってないか?……』
「こ…これ、鞘が無いみたいなんだけど、何処に納めれば……」
【 ……… 】
シルは頭を使わないエルに不安を感じている。緊張しているからなのか、頭の回転が遅いのか、バカなのか……。ヘラヘラ顔のエルに冷たい視線を送るシル…。
【 ……アペイロスから出し入れして下さい 】
アペイロスとは、無限空間と言う意味があり、力の有る限られた精霊達はそこに色々な物を収納しているのだ。
「あっ、そ、そうだね!アペイロス!!アハハハハ……」
気まずいエル……。何も考えずに口から出た言葉を、シルに指摘された様な形になったので、体裁ガタ落ちなのだ。
【 それと、これを肝に銘じて下さい 】
そう言うと、シルはエルに向けて手をかざした。すると、エルの目の前に文字が集まる様に<スウーッ>と浮かんで来た。
・霊力の事は禁句
・魔力はその場に合った力まで
・器の強化の模索と努力
・異質な力の為、大切な人に迷惑をかけない
・魔力漏れに気を使う
【 最後の項目はシルが付け足しました 】
「ハイ……」
前で手を結び、恐縮するエル……。
【 …ではエル。始まりの地へとお送りします 】
シルはそう言って、淡く輝く手を軽く横へ流した。
<ブオンッ>
「ブルーゲート!?」
エルの足元にゲートが現れた。下から青い光に照らされながら、貰った武器をいそいそとアペイロスへ納め……アタフタしている………。
「始まりの地って……何処だ?」
【 ………ご検討を 】
「…お━━━━━━いぃ………」
<バシュンッ>