第146話【 汚(けが)れた身体 】
パノプリア・マゲイアという希少な道具を持つマレフィキウムは、何故か罪深そうな表情で遠くの森を見つめる。
この後……、恐ろしく驚愕な事実がその口から <ボソリ> と発せられる事になる………。
<ゴゥオオオ━━━━━━━ウゥ………>
目を細め、遠くを見つめるマレフィキウムの目、艷やかな唇から淡く光る重々しい魔力が流れ出す。
そして────────────。
【 魔女にされた後、余の血液を元に開発した禁忌魔法。それに合わせ賢者の石と共に、当時の創の匠の命と、魔力の強い罪深き人間とドワーフの命が100以上入っとるわ……… 】
【 な、何じゃと!? 】
衝撃的な暴露………。モサミスケールの身体に激震が走り、<ジワリ> と後退りしてしまう。
マレフィキウムは自身の胸を <ギュッ> と掴み、苦しそうに地面へと視線を落としていく。
【 この汚れた身体で………、償う事が出来ぬ大罪を数多く犯していた時にな……… 】
悪魔である混迷の魔術師リーゾックに魔女にされた後とは言え、逃げ場のない死を回避する為受け入れてしまったその力に、後悔の念が湧き出て苦しんでいる表情を……。
【 これは………、血塗られたパノプリア・マゲイアじゃ……… 】
衝撃的で決して拭えない醜く非道な古の過去。
魔女の女王として君臨していたマレフィキウムの、残忍であり狂悪な…猟奇的行いは……、古の悪魔以上なのかもしれない。
マレフィキウムは………、少し先を楽しそうに歩くエル達の方を見た。
そして、彼等には聞こえないように小声で呟く。
【 ………、許しを請う事は出来ぬわ……… 】
<ゴゴオオオオオオウゥ………>
大気がその波に苛立っているかの様に、振動している。
そんなマレフィキウムに、モサミスケールは目線を合わさず背を向けながらそっと近寄っていく。
【 お主に託された……、ドラや精霊達の思いに命を懸けて報いる事が全てじゃないかの 】
【 さすれば、今生きる罪深き人間やドワーフの命も数多く助ける事に繋がるじゃろうて 】
マレフィキウムは、モサミスケールの言葉に小さく <ニコリ> と微笑む。
そして、苦しく心詰まる思いで空を見上げた。
【 プシュケー か……。そうあって欲しいものじゃの……… 】
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森を抜けると、眼下に薄っすらと霞む街が見える。
崖から覗くドワーフが暮らすドヴェルグの街。
昔見た記憶とはかけ離れたその造りに、マレフィキウムは目を奪われていた。
洞窟、岩山ではなく、普通にとても大きな街となっていたのだ。
街……と言うより、全貌を見渡す事が出来ないくらい、超巨大な都の様な。
人間が住む街並みと良く似ているが、岩山や洞窟ふうにアレンジしている建造物も至る所に見える。
その中央付近には、巨大な城の様な岩山がそびえ立っている。
深い森の中に広がるドヴェルグの街。
大きな湖からいくつもの川が街中へと流れ、それを基に農業も盛んな様で、大地一面が作物の緑に覆われている。
特質は、所々煙突から薄らと煙が立ち上っており、やはり鍛冶職が盛んな事を伺わせる。
この地は深い森の中に有る為、魔力濃度が高く、その影響で強く危険な魔物も出没する。
その為、幾重にも分かれた背の高い防壁で囲まれており、仮に強い魔物に侵入されたとしても、別の防壁でその侵入を食い止める。
まさに、要塞と呼んでもおかしくない造りをしていた。
エル達は防壁近くの林の中で留まり、身を潜めながら行き交うドワーフの様子を伺っている。
何故エル達が様子を伺ているのか。
街へと歩み寄った当初、エルとアルガロスは <ズカズカ> と何も考えず近付いて行ってたみたいだが、それをカルディアが止めて、様子を伺う様に促したのだ。
何故なら彼等には街に対する情報が無く、またマレフィキウムの記憶は遥か過去のもの。
安易に近付くと、捕まり、投獄されてしまう可能性を危惧したからだ。
ドワーフは勿論人間とは別種族であり、さらに隣接する公国には属さず独立した国を維持している為、どの様な治安体制を布いているか分からない。
しかし様子を伺っていると交流が活発な様で、ドワーフに混じり人間も沢山出入りしているのが見える。
彼等の行動を観察していると、街への防壁を通る為には身分証がいるみたいだ。
それが無ければ通行証かハンターカードが。
まず街の防壁前に作られた建物の中で、身分証の提示後、警備兵たちによる検問を受けてから街へと入る段取りの様だ。
おおよそ、人間の城を構える街と似た警備方法だ。
建物から少し離れた所で、カルディアが腕を組み悩んでいる。
「カモミールさん。ハンターカードなんて持って無いですよね!?」
【 無論じゃ 】
と、自慢げに大きな胸を張る。
「身分証みたいな物も…無いですよね!?」
【 魔女の紋章なら持っておるぞ! 】
と、意地悪っぽく笑い、胸からペンダントの様な首飾りを出した。
魔女の象徴であり、猟奇的で混沌の世へと陥れた証………。
エルとアルガロスは手で顔を覆い、カルディアは腰に手を当てホッペを膨らませる。
「もう…、絶対見せちゃ駄目!!」