第139話【 不快な声 】
耐え難い激痛に悶えながら膝を着くエルだが、蜘蛛の巣の様な歪な闇へと視線を向け、歯を食いしばりながらアルガロスの身を心配していた。
『闇へ……、引きずり込まれてる……。アルガロス、戻って来てくれ…』
「戻って来てくれ! アルガロス!!! 」
エルの悲痛な叫びが、漂う大陸の風に流されていく。
ドラの霊力でも吹き飛ばす事が出来なかった歪な闇……。
蜘蛛の巣の様な歪な闇に閉ざされたアルガロスを引き出す事は可能なのか……。
悪魔の……、マヴロス・オーブに施された秘匿的魔法
が、嘲笑うかのようにアルガロスと彼等を遮断している……。
微かに漂う魔力の風が、アルガロスを避ける様に流れていく。
その歪な闇に <ジワリ> と歩み寄るマレフィキウムは……、深刻な表情で嫌悪感をあらわにしていた。
【 最後の秘匿……。外部からの接触を遮断して心を切り離し、完全に呑み込む為の強固な壁を作る…… 】
【 ………悪魔が……、誕生してしまう……… 】
遥か過去……、幾度となく悪魔の強欲で低劣な力を目の当たりにしてきたマレフィキウムは、その力の恐ろしさに身震いし、身体をギュッと押さえていた。
そんな言葉を聞いたドラ達も、悪魔の底しれぬ強欲で低劣な力の前に成すすべが無かった。
” 悪魔が誕生してしまう “
古の魔の生き物、悪魔。
言い伝えでしか知見が無い魔の生き物……。
魔物との攻防だけでも、生死を伴う戦いをしていると言うのに、それより遥かに強い悪魔が誕生してしまったらこの世はどうなるのか………。
そんな恐怖がドラ達を押し殺していた。
蜘蛛の巣の様な歪な闇の中で固まり閉ざされたアルガロスの身体と心─────。
カルディアが、瞬時にエルの腕に再生魔法を掛ける。
エルも再生魔法は使えるが、アルガロスの苦しみ、痛みの事を考えると……、自分だけ治す気にはなれなかったのだ。
カルディアに治してもらった腕、拳を強く握り、またこじ開けようと今度は魔力でガードしながら再度闇へと手を伸ばす……が。
<バチバチッッッ>
「ぅグッ」
激痛が走り、やはり弾き飛ばされてしまう。
そんな状況を見ていたカルディアは、焦りながらエルへと振り向く。
「どうしよう…。一度、同期を解除した方が……」
カルディアは、同期した膨大な魔力が歪な闇をさらに強固な物にしてるんではと考えているのだ。
しかしエルは、歯を食いしばりながら……。
「いや……、解除してしまったらこの歪な闇に阻まれて再度同期出来なくなる」
手で触れて分かった、蜘蛛の巣の様な歪な闇は悪魔の “ 核心的五体 ” 。
肉体そのものだと………。
これを打開する為には………。
エルは一度、視線を下へ向ける。
この世で生きていく為に、自身が背負った祝福であるはずの力……。
その力に翻弄され、今も仲間を巻き込む最悪の事態となっている。
器(身体)の強化を目標に、訓練を続けてきたはずなのに…。
数多くのハンター達とは違う……、何かが宿っている感覚が、日に日に膨らんでいっていた。
そう……、何かが宿っている───────。
それは……、モサミスケールから聞いた……、あの名前。
その目には……、辛く、深い悲しみが滲み出ていた。
歯を食いしばり身体に力を込めるエル……………。
<フオォ……>
再び、エルから残虐な魔力が漂い始める。
エルの目が徐々に黒ずんでいき、漆黒の目に赤黒く輝く瞳。牙が生え、小さな角が現れる。
それは人間ではない力……………。
古の………、堕天使の力────────。
その力を持って、再び蜘蛛の巣の様な歪な闇へと手を伸ばす。
<バチバチバチバチバチバチバチバチバチッッッ>
闇が……、エルの魔力に弾かれ崩れていく……。
が、直ぐ様再生されエルの腕を弾き飛ばそうとしている。
エルは、強引に腕を押し込んでいくが、歪な闇の再生もそれに抵抗し、やはり弾き飛ばそうとしていた。
蜘蛛の巣の様な歪な闇の中に閉ざされたアルガロスの身体と心。
徐々に外へと押されるエルの魔力………。
古の堕天使の力を使っていても、今の幼いエルの身体では……、悪魔の核心的五体をこじ開ける力は伴ってはいない………。
『くそっ。今の力でも駄目なのか』
焦るエルは、願う様に痛みを伴う腕を何度も押し込んでいくが………。
やはり歪な闇の魔力の方が………。
「アルガロス! 目を覚ませ!!」
叫びながらアルガロスへと手を伸ばすが、近付くとその手が黒ずみ、もろく崩れていく。
「ぐあっ」
エルは一度、闇から手を抜き、崩れた自身の手を再生させ、また闇へと突っ込んでいく。
もう少しでアルガロスへと手が届きそうなのに、歪な闇に阻まれ、また手がもろく崩れていく。
激痛を伴う闇への攻防。
そんな攻防が続く中──────────、
突然、回りの喧騒がゆるりと流れ出す。
そして、エルの心の中に漆黒の闇が膨らんでいく。
その中で……、黒い鍵が浮かび上がり、また直ぐ <フッ> と消えていった。
漆黒の闇が開いていく……………………………。
▲✞【 届かぬわ 】✞▲
突然どこからか響く、不快な声………。