第136話【 切ない力 】
「変色」、「回復」、「冷却」
暴れ回るアルガロスの動きが一瞬ぎこちなくなる。
ドラはそれを見逃さなかった。
【 それだ! 最後の!! 】
「冷却か!?」
エルはすぐさま少し強めの魔法を祈る様に詠唱する。
「密封冷却」
アルガロスの身体に小さな氷の塊が浮き上がり、動きが明らかに鈍くなる。
しかし、それに抵抗する様に悪魔の魔力が熱を作り出して溶かし、また直ぐ暴れ出す。
これより更に強い冷却魔法を掛けると、アルガロスの細胞を破壊してしまう恐れがあるので、それはしたくない。
しかし、悪魔に呑み込まれるのを遅らせるには……。
「……ドラ、マレフィキウム、他にないか?」
エルは “ 密封冷却 ” 魔法を単発詠唱の合間に入れつつ、魔法を続けていく。
そんな時、マレフィキウムが自身の目にとある魔法を掛ける。
【 ピュートーン・マティ 】
するとマレフィキウムの縦長の瞳が、複数に分かれだす。
これはマレフィキウムが創り出した禁忌に近い魔法で、通常の魔法より魔力を10倍以上使い、更に寿命を削る代わりに、相手の動きが10分の1以下に見える魔法。
この魔法を創り出したきっかけは、他の下位悪魔との軋轢に対して、対等な立場を作る為の保身的秘策。
そんな身を削る魔法をあのマレフィキウムが何故今使ったのか。
それは…、“ 頼りにされてる ” と言う思いが芽生えたからだ。
罪深き人間を見下し、魔女となり他者を蔑み、力によって支配してきた長き命の中で、信頼や期待を思わせる言葉を掛けられた事は無かった。
しかし、悪魔の古の刻印をいとも簡単に解呪され、名前まで取り戻す事が出来、その上頼られる言葉を掛けられてる今、何故か心強く安心出来る……、人間的な心理的安全性が感じれたからかもしれない。
【 弱い冷却は、ただ単に動きを鈍くしているだけじゃ…。かと言って強すぎる冷却はアルガロスを破壊しかねない…。他に策は……… 】
アルガロスの動きを凝視しながらマレフィキウムがそう考えていた時、一瞬だが膝が落ちる動作が目に映った。
【 !? 今のは?? 】
【 エル! もう一度先の魔法を試すのじゃ! 】
冷却魔法がアルガロスの反応を遅らせ分かりやすくしたのか、それともマレフィキウムの目に掛けた魔法が小さな変化を見抜いたのか、明らかに身体が落ちる現象が見てとれた。
エルはまた少し戻って、強めの魔法を詠唱していく。
「強振周波」、「反響定位超音波」、「激流苛波」、「集領域回折波」
アルガロスの身体が一瞬止まり落ちていく。
【 それじゃ!! 】
マレフィキウムが言葉で示したのは ” 回折波 “ 。
エルが使う回折波とは、魔力の波が障害物の背後などに回り込んで伝わっていく波の事。
エルの魔力の波が、アルガロスの身体を包み込む様に伝導し刺激を与え、相手の魔力の波を拡散、混乱させてるみたいだ。
アルガロスを襲う悪魔の魔力を混乱させた事により、肌の色が一時的だが元に戻っていく。
進行が鈍くなっている証拠だ。
しかしまた直ぐ暴れ出すアルガロス。
闇雲に魔力の衝撃波を投げつけては、口から異音を吹き出していく。
「エル! アルガロスを暴れない様に出来る? 肩に手を置いて同期したいの」
猶予の無い状態である事は変わりなく、直ぐにでも近付いて魔力の同期をしたいカルディアは、焦りながらそうエルに伝えた。
「分かった! 少し待ってくれ!!」
これ以上アルガロスの心が悪魔との等質化へと進行してしまえば、本当に後戻りが出来ない。
最悪の事態と成り得る危機感が、とある決意を引き出してしまう。
エルでも理解し難い、あの力を──────。
『アルガロスごめんな。ちょっと痛いけど我慢してくれ!』
エルは心でそう伝えながら、自身の魔力を上げていく。
上げて、上げて…、上げて………。
<ゴオオオオ━━━━━━ッ>
エルの魔力が、アルガロスを包み込む様に渦を巻く。
そして、エルの魔力が罪深き人間が扱える範囲を超えた時、目が徐々に黒ずんでいき……、漆黒の目に赤黒く輝く瞳。牙が生え、小さな角が現れる。
これは………、まだまだ小さいが古の堕天使の力。
しかし───────、この力を使うという事は……、世界を破滅に追いやった堕天使の力をさらに呼び醒ます一つのきっかけになるかもしれないと言う事……。
エルでも分かっていない、内に眠る危険な力……。
だが、目の前で起こっている状況を打開しないと仲間を失う。
そんな思いが最大限慎重に事を運ぶと同時に、最大の力でアルガロスを守ろうとしている決意の表れでもあった。
<フオォ……>
エルの魔力が………変化する。
その変化を感じたドラとその他の精霊達。それにマレフィキウムが残虐な魔力をエルから感じ、防衛本能からか、ジリジリとたじろいでいく。
エルの背中から黒いモヤの様な物がたなびき出した。
その姿は……、黒い翼をまとっている様に………。
と同時に、みんなには理解出来ない言葉がエルの口から小さく漏れ出てくる。
◀✞【 καθαρτήριο ἄσυλον 】✞▶
*煉獄の聖域
すると、人の形…手の形……足の形……、または目の形………。
肉体部分をかたどった様な真っ赤に燃える色……。
何とも言えない魔法陣に似た歪な造形が、アルガロスを包む様に展開される。
この造形は、唱えた人物の外部からの意に反するあらゆる物を排除出来る空間。
エルの力はまだまだ極小だが、堕天使特有の魔法と言っていいだろう。
エルは、この造形を展開した後、冷却と回折波を混合した魔法を心を込めて祈る様に詠唱した。
「ラピッドクーリング、マゲイア・ディフラクションウェイブ」