第134話【 切ない声 】
【「ぐギっ、ギぎッ」】
歪にぎこちなく垂れる顔がユックリ上がっていき、赤黒い目が、エルを捉えていく。
そして、睨みつける様に目を細める。
<ザッ…>
<ザッ…>
<ザッ…>
エルへと歩み寄る意識の無いアルガロス。
その目は……、憎き対象物を見る目をしていた………。
【「に“……」】
【「ギっゲら……」】
アルガロスの口から微かに漏れ出てくる異音。
うめき声なのか威嚇の為なのか……、理解出来ない音が落とされていく。
<ザッ…>
<ザッ…>
<ザッ…>
さらにぎこちなく忍びよるアルガロス。
そしてまた異音が漏れ出てくる。
【「に……」】
【「げろ……」】
『!! まだ意識が残ってる! こんなになってもまだ戦ってるんだ……。早く…早く助け出さなくちゃ』
アルガロスから漏れてきた…、絞り出してきた言葉に………、まだ意識が残っている事が分る。
こんな異常な状態になっても、必死に自分と戦っていたのだ。
『ア……、アルガロス………』
小さな望みを願いながら、焦りながらも詠唱を続けているエルの目は、悲しみに満ちた様に揺れ動いていた。
そんな時、アルガロスの手がエルの肩へ向けてゆっくり伸びていく。
その手がエルに触れる寸前、怪しく黒光りした。
<パンッ>
乾いた音が響くと同時に、エルの肩が弾かれ血しぶきが上がる。
「ぐうっっ」
激痛がエルの身体を貫いていく。
悪魔に心が呑み込まれつつあるアルガロスの魔力が、身体内部を貫く衝撃波となり、手のひらで塊となってエルへと放たれたのだ。
【「ブェっ…ごギッ」】
【「に…げろ……」】
アルガロスが悪魔の意思に呑み込まれながらも、必死に抵抗してエルを傷つけまいと絞り出している言葉。
仲間を傷つける─────────。
どれ程辛いのか……、どれ程苦痛に耐えているのか……。
どれ程……、切ないのか………。
そしてまた……腕がエルの方へと近付いていく。
その伸ばす腕は、悪魔に抵抗している様にぎこちなく力が入り震えている様に見えた。
そしてまた……アルガロスの手のひらが黒光りしていく。
【 下がれエル!! 】
ドラがそう叫ぶが……、エルは首を振って下がろうとしない。
<パァン>
またエルの肩が弾かれ血しぶきが上がる。
「うぐっ」
【 エルッ!!? 】
「大丈夫だドラ……。それよりアルガロスの反応はどうだ?」
【 …変化無しだ。一旦距離をとって攻撃を回避しろ! 】
<バスッ>
「ぐっっ」
またエルの肩から血しぶきが上がる。
いくらエルの力が強いと言っても、防御無しで近距離で悪魔の濃度の濃い魔力の衝撃波をぶつけられたらただじゃ済まない。
しかしエルは下がらない。
痛みを耐えるその表情には……、仲間を憂う、重々しい悲しみが滲み出ていた。
【 ……あいつ……、アルガロスが背負う痛みを同じ様に……… 】
<ゴウオオオオゥ━━━ゴゴゴゴゴオオオ━━>
漂う大陸の暗黒の大地が、あらゆる思いを乗せた魔力と霊力で荒れ狂う荒原となっている。
その中で、カルディアはデーモナスヴロヒとの魔力の同期を進めていた。
「べバイオン…べバイオン…べバイオン………」
祈る様に願う様に唱える声が、大地に広がる。
デーモナスヴロヒからアルガロスへと流れていた魔力が、徐々に薄くなり消えていく。
「 !!! 」
カルディアの顔が上がり、何かを感じた様に目が開いた。
デーモナスヴロヒとカルディアの魔力が、重なり交わいながらムラの無い黒い光となっていく。
そして、巨大な渦が一瞬回りを激しく掻き回した後、静かにユックリと落ち着きだした。
<ゴフオオオオォォ…………………………>
それは……、デーモナスヴロヒとカルディアの魔力が同期した瞬間だった。
「……、同期出来た」
そう呟くと即、カルディアを呑み込もうとしている悪魔のコルディスコアに対して、逆に呑み込む作業へと入っていく。
「コルディスコアと私の魔力をエクストラクション」
「オーラの波をホロモス、魔力をエノシ」
「そして……べバイオン……………、
べバイオン…べバイオン…べバイオン………」
デーモナスヴロヒの巨大な魔力を自身の力としたカルディアは、悪魔のコルディスコアが持つ凶悪な魔力を圧倒していく。
「よしっ!!」
「エパノルトーマアネシス」
カルディアは、前回アルガロスと魔力の同期をした事を思い出しながら、そう唱えた。