第131話【 猟奇的な魔法 】
「………な、何も無い……」
エルの顔を照らす様に黒い光のカーテンが波打ち淡く光るだけ。
そんな現象に困惑するドラは、ためらうように背を丸め手を伸ばす。
【 こ、これはどう言う現象だ?……。魔力型が出てこないぞ…… 】
エルとドラは、謎めいた黒い光を眺めながら不思議な現象に戸惑いを隠せない。
しかし、マレフィキウムは……………。
デーモナスヴロヒから発せられる光を眺めながら、何か思い当たる節があるかのように目に力が入り凝視している。
【 ………、これだったのか…… 】
「えっ?」
マレフィキウムから聞こえてきた意味深な言葉に困惑するエルは、顔を向け小さく声が溢れる。
睨む様にデーモナスヴロヒを見るマレフィキウムの表情が、憎悪を含んだ様に歪んでいく。
【 ………同じ現象を何度か見た覚えがある。悪魔の傍らに稀に置かれていた物を…… 】
魔女にされてから幾度となく悪魔である混迷の魔術師リーゾックと接して来たマレフィキウムは、他の悪魔とも接点があり、玉座の間に通された時、その傍らに黒く輝く不思議な塊を目にしていた事を思い出していた。
当時 ” 魔力を帯びた装飾品 “ としか見ていなかったが………。
それがデーモナスヴロヒだったとは……。
マレフィキウムの顔が恨めしく軋む。
【 成る程。生命の源である魔力を効率よく吸収する為じゃったのか…… 】
デーモナスヴロヒの強烈な魔力により身体が腐食してしまう為、近寄ってはいけない危険な物としか教えられてなかった為、マレフィキウムはそれを物として扱う発想は出てこなかった。
【 奴等は……、口を噤んでおったんじゃな 】
【 卑怯で姑息な…、憎たらしい奴等め……… 】
マレフィキウムの美しい顔が歪み軋んでいく。
一度暗黒の空を見上げた後、エルの方へと顔を向けた。
【 これは……、無じゃ。混ざり毛のない “ 純粋な魔力 ” と言う事じゃ 】
「純粋な魔力!?」
「だ、だからゲートやダンジョン、魔物を造ったりが出来るのか……」
エルは魔力の神秘を目の当たりにし、忌まわしく奇怪な事柄に驚きながらそう言った。
【 そう! カルディアは抵抗無くアルガロスへと微かに流れ、吸収されていく現象を見逃さなかったと言う事じゃ! 】
マレフィキウムはカルディアへと視線を送り、頷きながら腕を振り上げ、同期作業へと入る様、力強く合図する。
【 カルディア、これは魔力型の無い純粋な…… 】
【 マゲイア・ボーラスじゃ!】
そう告げられ頷くカルディアは魔力の同期作業へと入る為、腕を広げようとした………、が……。
「う“ぐあっ」
────身体が軋み言うことを聞かない────。
強烈な苦痛と身体内部の変化に……、両手で身体を抑えたまま動く事が出来なくなっていたのだ。
「ぐあっ…あっ」
小さな悲鳴がエル達の心を貫いていく。
カルディアが今までどれ程の苦痛を耐えていたのかを目の当たりにした瞬間だったからだ。
そんな状態を見たマレフィキウムは、突然怪しく輝く両手を振り上げカルディアへ向かって振り下ろそうとしている。
その目や口からは、怪しく残忍で非道な魔力が流れ出ていた。
【 マレフィキウム!? 】
ドラは反射的にマレフィキウムの行動を止めようと手を伸ばすが、魔女であるマレフィキウムは冷たくも温もりのある視線をドラへと向けた。
【 勘違いするなドラ! 短期的にカルディアの負担を取り除く為の援護じゃ! 】
【 援護…!? 】
頷くマレフィキウムに同調し、エルも頷く。
ドラは2人の考えを尊重し、手をどけながら柔らかく微笑んだ。
その瞬間、マレフィキウムの短い詠唱が暗黒の大地に響き渡る。
【 アポイナアネスシージア 】
マレフィキウムがカルディアを下から覆う様に、青白く輝く歪な魔法陣を展開する。
その魔法陣は、” とある事柄 “ につかっていた魔法。
猟奇的な魔女として頭から離れないドラは、心配になり口早に聞いた。
【 そ、その魔法は? 】
【 ……遥か昔、反復拷問に使っていた麻酔魔法じゃ 】
そう言い、妖しく<ニヤッ>と笑みを浮かべた。
マレフィキウムが開発した痛みや苦痛を取り除く麻酔魔法。それの使い道が拷問の為とは……。
エルとドラは、やはり魔女の女王として君臨していた歪んだ感性の恐ろしさを、改めて心に刻まれた瞬間だった。
「あっ!!」
力が入ったしっかりした声が響く。
カルディアの身体から痛みが消えていったのだ。
「ありがと! カモミールさん!!」
そう声を張り上げ、デーモナスヴロヒと同期する作業へと入ろうとした時、とある所から異音が聞こえてきた。
それは……、避けるべき聞きたくなかった異音………。
【 「 あ“っ…ァッ… 」 】
みんなが振り向いた先には、アルガロスが。
聞き慣れない音がアルガロスの口から響いてくる。
<ピリッ………ピリピリッ>
アルガロスの身体に……、凶悪な魔力の小さな閃光が時折走る。
揺れる身体と途切れる意識。
その目は既に、漆黒の如く深い闇に覆われていた……。
非常に切羽詰まった状況の中───────
始まってしまったのだ。
心の────不偏の等質が……………。




