第126話【 絶句する生ける者達 】
マレフィキウムは暗黒の空を見上げながら、広げた両手をゆっくり目の前にもってくる。
その手には、黒く輝く古の文字がいくつも光っていた。
マレフィキウムは、彼等の為に遥か過去の記憶をつぐんでいたのだ。
今置かれた自分の役目を果たす為に。
そして、その手を見つめながら艷やかな唇が妖艶に揺れ動く………。
【 方法があるやもしれん…… 】
「えっ!?」
【 何ィ 】
突然の言葉に驚くエルとドラ。その声には反応せず、マレフィキウムは、悪魔から言われたある言葉を思い出していた。
【 余を魔女にした悪魔がこぼした言葉…… 】
【 我等の心魂に近づけば、理解して扱える魔法も増えていく………。身も心も悪魔になれ。そうでなければ消えるのみ………とな 】
エルはその真意が見えてこず、困惑した表情をしている。
「ど、どう言う事だ?」
マレフィキウムの瞳から、輝きながら溢れ出る魔力は残忍で非道な魔力……。
しかしエル達は、その中に何故か温もりのある魔力も感じ取れていた。
罪深き人間であった頃の面影が………。
そこに偽りは無く、ただ……、罪深き人間の為に知恵を使っているマレフィキウムがいたのだ。
そっとカルディアを見つめるマレフィキウム。
【 罪深き人間…、カルディアが言った……、“ 人間同士なら同期出来る ” その裏返しじゃが…… 】
妖艶だが悲しい目が、意味ありげにカルディアから視線をそらしていく。
そして……、少し時間が空いた後、衝撃的な言葉がみんなを凍らせる。
─────────【 悪魔になれ 】
硬直する暗黒の地。絶句する生ける者達。
【 ” 魔力の同期 “ を扱えるカルディアがアルガロスの様に悪魔になり理解が進めば、完全に呑み込まれる前に半、悪魔同士で同期が出来るやも…な…… 】
「えっ?………………………………」
驚愕…茫然……虚脱………。
エルは身体から力が抜けて行くのが分る。
マレフィキウムは何を言っているのか…。
何を意味しているのか………。
余りにも非情で無情な言葉に、ドラの厳しい目がマレフィキウムを睨む様に見つめている。
カルディアに人間をやめて悪魔になれとは………。
【 …、その状態で逆に悪魔を呑み込め……と? 】
【 そうじゃ。わざわざ ” 身も心も悪魔になれ “ と言う事は、切り離して考える事が出来る事の裏返し 】
言葉遊びをしている様に聞こえるが、マレフィキウムは至って真剣に話をしている。
ドラは、理解が進む様にその意図を細かく結びつけていく。
【 切り離して? 】
軽く頷くマレフィキウム。
【 罪深き人間が、悩み苦しむ姿は奴等の娯楽。じゃがそこに付け入る隙がある。奴等もまた、完璧では無いって事じゃ 】
【 先の言葉は悪魔がよく使う手じゃ。不完全な物を包み隠す為の駆け引き。それを楽しんでおるんじゃよ。卑劣で醜悪。そして策士な悪魔がな 】
ドラの厳しい目が、マレフィキウムの真意を見極めようとしている。
非情な策が可能なのか不可能なのか。
悪魔を作る……。
精霊達の思い、使命とは真逆の行為。
それが世の流れを変えてしまわないか………。
【 不完全な物……? 】
それに頷くマレフィキウム。
浮かんでは消える手の中の古の文字。
それを注意深く読み取り、重要な物を探す様に目が動いている。
そして……、カルディアをチラッと見た後、ドラに視線を向けた。
【 身が悪魔になっても、心は悪魔に成らず…。それが成立すると言う事じゃ 】
驚き固まるドラ。
” 身が悪魔になっても、心は悪魔に成らず “
そんな非常識な事が本当にあるのか………。
【 そ……、そんな不確かな事を鵜呑みには出来んぞ…… 】
叫びともとれるドラの言葉を遮る様にマレフィキウムは身体を翻しながら手を下ろし、自身を指差した。
【 不確かでは無い 】
【 刻印を解呪された今の余の様に。それに…… 】
マレフィキウムは厳しい目でエルの方に視線を送る。
その瞳からは、魔女特有の残忍で非道な魔力が溢れていた。
【 奴の様に 】
マレフィキウムは決して無謀な事を言っているのではなかった。成行きは違えど、近しい前例があると見込んだからこその発言だったのだ。
【 しかし…… 】
マレフィキウムは、自身の言葉を打ち消す様に首を振る。
【 悪魔のマブロス・オーブか、結晶化していないコルディスコアがあればの話しじゃがな…… 】
悪魔と深い関わりがあり膨大な知識を持つマレフィキウムの言葉は、彼等の想像を遥かに越えた望外な方法。
そんな魔女の知識にドラの表情が歪んでいく。
【 悪魔のマブロス・オーブか結晶化していないコルディスコアか………。後者は悪魔の存在が不可欠で不可能。しかしマブロス・オーブもまた見つけるのは奇跡に近いし、有っては困る物……… 】
ドラとマレフィキウムの間で、当人の心を置き去りにした話が続けられる。
目の前でそんな絵空事の様な、残酷な言葉が交わされている事に、エルは我慢出来ず震える手を大きく振りかざした。
「な、何勝手に話を進めてるんだよ!? そんな事出来るわけないだろ!!」
その言葉に、精霊達の冷たい視線が突き刺さる。
必死に訴えるエルの言葉は……、精霊達の思いに流され冷たい魔力の風に掻き消されていく………。
<ヒュオオオォォォ━━━━━━━━……………>