第122話【 秘匿的魔法式 】
<ゴオゴゴゴォォォォ━━━……………>
怪しく鳴り響く魔力の風が、暗黒の空へと吸い込まれていく。
そして、遥か彼方の空からまた……、黒光りする軟体の物体、防ぎようの無い魔の雨と呼ばれるデーモナスヴロヒが漂う大陸へと落ちていく………。
ドラは…、そのデーモナスヴロヒを忌み嫌う様に睨んでいた。
【 沈黙は最大の防御………か…… 】
そんなドラの横を通り、今回の元凶となったマヴロス・オーブに近寄って行くカルディア。
そこから微かに魔力がたなびいており、アルガロスの方へと怪しく吸い込まれていく。
デックアールヴのスノーリが持つ霊力の箱に入れたデーモナスヴロヒからも微かに魔力が漏れ出てたなびき、アルガロスへと吸い込まれていっている。
悪魔化が……、進んでる証拠だ。
カルディアが軽くマヴロス・オーブに指で触れるが、やはり<パチッ>と拒否反応を起こした様に音が弾けた。
「つっ!」
分かってはいたが、ちょっぴり痛かった様でしかめっ面なカルディア。
「それに…、魔力が強く濃い身体を持った柩代わりがマヴロス・オーブに触れる事も確率的には低いからより時間が掛かってる……」
「今回のアルガロスの件は、奇跡的な悲運が重なったんじゃないかな……」
カルディアのその言葉に、エルはアルガロスの方に目をやる。
しかし、アルガロスの身体に刻まれていく悪魔の刻印を直視出来ず、チラッと見た後直ぐ目を伏せた。
あの時エルは……、湧き出る怒りに呑み込まれ、我を忘れて暴れた挙句仲間を酷く傷つけ……、その静養中にアルガロスが怪しい石 (マヴロス・オーブ)を見つけ、触れてしまった……。
*第83話〜90話参照
大切な仲間の身体を乗っ取り、復活しようとしている悪魔の蛮行を止めることが出来ていない自分に……、苛立ちと自責が積み重なっていく。
「悪魔が選んだ確実性の高い復活方法……。なんて姑息なやり方なんだ……」
そう言葉を漏らしながら、拳を作るその腕が……怒りに微かに震えていた。
ドラも小さくなったマヴロス・オーブに近寄り、嫌悪感を抱きながら見下ろしている。
【 ……もし、……もしそう仮定するなら……、悪魔の復活のタイミングがこの “ 時 ” から徐々に押し寄せて来る可能性がある…… 】
【 これは……、由々しき事態だぞ…… 】
<ヒュオオオォォォォ━━━━━━>
彼等の存在を無視する様に、魔力の風が容赦無く吹き荒れる。
まるで、生きた生物を排除する様に……。
【 クッ…… 】
マレフィキウムがまた首を押さえている。
その手の下には契約の刻印が……。
時折見せていた苦痛に耐える仕草は、その刻印が原因だったみたいだ。
しかも、今はマレフィキウムの本当の名前を唱えないとアルガロスとの魔力の類似点は見出せない。
同期すれば強い魔力で逆にマヴロス・オーブを呑み込む事が出来るかもしれないのに……。
「その刻印を解呪出来れば、VOICE (ボイス)でマレフィキウムさんの本当の名前が分るかもしれないの?」
そうポツリと呟きながら、カルディアはエルの方を見た。
頷くエルだが、その表情は重い。
「多分だけど、可能性はあると思う。でも…、VOICE (ボイス)の後、おかしいなと思って解呪魔法を使ってみたけど……、理解出来ない文字列で無理だったんだ……」
その言葉に諦めともとれる表情を浮かべながら、小さく笑うマレフィキウム。
『【 フッ… 。知らぬ間に解呪魔法か…… 】』
【 悪魔の力は強力で複雑……。その上、他の悪魔では模倣出来ぬ様に作り変えるという秘匿的魔法式が基本じゃ 】
「秘匿的魔法式!?………」
みんなの表情が暗く歪む。
聞いた事のない言葉に理解がついていかない。
それ程深く、怪奇な力を持ち合わせているのが悪魔なのだ。
【 そうじゃ。余にも理解出来ぬ魔法式…… 】
【 悪あがきで何万と試してみたが、硬く閉ざされた ” 何か “ に阻まれてる様で解呪出来なんだわ… 】
エルでもマレフィキウムでも解呪出来ない、悪魔との契約の刻印。
しかし──────────。
【 カルディア! 】
と、突然モサミスケールから声を掛けられたカルディアは、その意味を理解し目を見ながら深く頷いた。
モサミスケールは、カルディアの “ 特殊複合万象魔法 ” と言うスキルに賭けているのだ。
「ちょっとその刻印見せてもらえます?」
と言いながら首筋の刻印へと手を近づけ、静かに杖を取り出しながら、マレフィキウムへとかざした。
「メタ・ディスラプト!!」
<パパァ━━━━━━━━━ンッ>
突如、解呪魔法を展開するカルディア。
白く輝く魔法陣が幾重と重なり、上下左右からマレフィキウムを包み込んでいく。
これは……、多重を遥かに超えた、解呪の為の多種混合魔法だ。
びっくりすると同時に、何かを感じ取っている様な表情をするマレフィキウム。
【 見たことの無い変わった解呪の魔法式だな……。それに……温かい…… 】
マレフィキウムはカルディアの魔法を受け入れる様に、身体から力を抜いていく。
そして、決して光が届かない暗黒の空を仰いだ。
その目からは……、涙が流れていた………。
忘れていた人の温もり、反発し見下していた自身の愚かさ……。
古の行為を悔い改めている涙なのかもしれない……。
マレフィキウムの首から数多くの不思議な黒い文字が白い魔法陣に引っ張られる様に浮かび上がる。
その文字がマレフィキウムの回りをゆっくり回っている。
「……どうですか? 見覚えがある文字か記号は…」
【 ほとんど理解出来る文字なんじゃが……。ただ、逆に分からない文字が…… 】
と指を差す。
『……分からない文字…!? もしかして! 』
マレフィキウムが呟いた言葉をヒントに、“ 分からない ” と指差す文字をカルディアが引っ張り出して並べている。
エルもそれに気付き、同じ様にマレフィキウムが指差す文字をカルディアの前に並べていた。
ズラリ並んだ “ 分からない ” 文字。
暫く怪奇な文字を眺めながら首をひねるカルディアだが、ポツリとある言葉を呟く。
「 く さ り ………… 」
【 鎖!? 】
マレフィキウム、エル、モサミスケール、ドラ、アルガロスが同じ様にその言葉を確認する様に聞き返し、予想外な呟きに目を丸くしていた。
「うん。鎖で本当の刻印の文字を隠してるみたいなの」
【 えっ!? 】「えっ!?」
マレフィキウムは、時が止まった様に固まっている。
数千年と分からなかった刻印の文字は……、隠されていて………。
動揺を隠せないマレフィキウムは、カルディアへつんのめる様に聞き返した。
【 じゃ…じゃあここに見える刻印の文字は…? 】
「これは、全部偽物!」