第121話【 悪魔の足音 】
【 お前の本当の名を言え! 】
そうドラに問われたマレフィキウムは……、追い詰められた様にしばらく押し黙ってしまう。
その表情は、やはり深遠な苦痛に歪んでいた。
そして………。
【 本当の名は、悪魔が記憶から消し去ったわ… 】
項垂れる様に背を丸めるマレフィキウム……。
散々奇怪な行動をしていた彼女だが、みんなはそこに、“ 嘘 ” は存在していないと誰もが理解出来た。
そっと首元を押さえるマレフィキウム………。
【 余が……、罪深き人間の大魔道士として活動していた頃……… 】
<ゴオォォォォォォ━━━━━………>
マレフィキウムは……、魔力が渦巻く暗黒の空を見上げ、自身が歩んで来た古く醜い過去を思い出していた。
〜〜〜〜マレフィキウムの古き回想の詞〜〜〜〜
【 自身の力に溺れ、魔物を含め人間も皆下等な生物だと考え始めていた頃…… 】
【 ハンターとして魔物討伐に価値観を見出せなくなった余は、他のハンター達から離れて山奥にこもり、禁忌とも言える魔法の追求に明け暮れた日々を送っていた…… 】
【 新しく開発した魔法を試す為に、何度も1人で巨大なダンジョンへ乗り込んで行った。そんな時、余の前に初めて悪魔が現れたのじゃ 】
【 出くわして直ぐ理解したわ………。その圧倒的で凶悪な魔力の前では、余はKenon(空虚)にもなれんとな…… 】
【 圧倒的な力で身も心もボロボロにされた余が死を覚悟した時、何故か悪魔に対して恐怖より好奇心が湧き出てきたのじゃよ。その圧倒的で凶悪な魔力に魅力を感じてな 】
【 そんな余の心を完全に読み取っていた悪魔は、それ以上攻撃して来なかった 】
【 奴はちょうどその頃、罪深き人間に紛れ、内部から破壊的な力で虐殺していく存在を造る計画をしておったのじゃ 】
【 悪魔が偶然見出した存在が……罪深き人間である余だったと言う事じゃ 】
【 悪魔と契約を結んで、得た力をもって災いをなす存在。名を取り上げられ、マレフィキウムとの称号をもって罪深き人間の世界を破壊しつくす 】
【 それが魔女の起源であり、名を失くした原因じゃ 】
〜〜〜〜……………………────────。
<ヒュオオオォォォォ………>
<ゴオォォ………>
魔力の風が緩やかにたなびき、暗黒の空では濃い魔力が渦巻く音が響いている。
魔法に魅力を感じ、魔法に取り込まれ…、悪魔にまで心を売った罪深き人間の女。
その後の人間に対する猟奇的な惨殺行為は、当時、残忍で非道な存在と……、人々の心に強く刻み込まれる事となった。
そんなマレフィキウムは顔を暗黒の空から地面へと落とし、また苦痛に歪む表情になる。
【 余が幽閉された後、天使達の力の前に堕天使や悪魔、魔女達が遷移させられる粛清の時を迎えたが、その後、悪魔との契約が解消されると思っていたのじゃが……、この刻印………。何千年と時が過ぎたのにそれが未だにココに残っておる 】
そう言いながら、マレフィキウムは首からさらりと長い髪を払い除けると、かぼそく綺麗なうなじが見えた。
【 この刻印が、余から全てを奪っているのじゃ 】
そのうなじ部分に薄っすらと残る古の刻印……。
マレフィキウムは……、悲しい目でドラを睨む様に見つめた。
【 何故じゃ? 結んだ相手が命を落とすと消える筈の刻印が何故残っておる…… 】
【 ……そ、それは………… 】
ドラにも分からない消えない刻印。
刻印を含めたあらゆる契約の印は、その主が命を落とすと必ず解除、消滅するはずなのだが……。
しかしそれは自業自得…。もしくは声なき人々の怨念……。
決して同情出来ないマレフィキウムの惨殺行為は、消える事なく語り継がれている……。
<ヒュオォッ>
重い魔力の風が、ドラ達を嘲笑うかの様に吹き抜ける。
漂う大陸で起こっているこの現状を、黒く包み隠す様に……。
「もしかしたら……」
そう発言するエルに向かって、一斉にみんなが振り向いた。
「命を落としたとしても、遷移されていない悪魔の魔力の残存に影響されてるんじゃないか?」
パチリと目を開くドラは、首を軽く傾けながらエルに聞いた。
【 ん? どう言う事だ? 】
エルの残虐な魔力により、黒く焦げた様な漆黒の渦と化した大地。
そこに転がる小さくなったマヴロス・オーブを指差しながら、エルは感じている事をそのまま伝えた。
「例えばあのマヴロス・オーブ。身体は消滅したけど、悪魔の能力か性質は維持されてる様だし」
「生死で判断してはいけないって事なんじゃ……」
その言葉、意味。不確かな推測とは分かっているが、マレフィキウムも悪魔が扱う怪奇で幻想的、破壊的な魔法の奥深い神秘な力は、あらゆる可能性を秘めている事もまた理解している。
そして、同じ様な思いを抱いていた事を改めて言葉として耳にすると、その信憑性がさらに膨らんでくる。
【 と言う事は、余を魔女にした悪魔が……、やはりマヴロス・オーブとしてこの世に残っているって事か?? 】
身震いが止まらないマレフィキウムは、何とか抑えようと身体を抱える様に自身の手できつく締め付けている。
一方ドラは、どうしても理解しがたい事が引っ掛かっていた。
【 ……そう考えた方が辻褄は合うが……、何万と存在していた悪魔のほとんどが、この地を含めた他の漂う大陸で命を落としたのに…… 】
【 その時にマヴロス・オーブとして残したとして、何千年と経った今でも、その存在がこの地で表面化していないのはどう言う事だ? 】
確かに……、不自然に時の経過が長すぎる。
「それは分からないけど、漂う大陸でこの様な現象が起こってないとするなら、身を脅かす敵がおらずより安全に復活する為に、わざと下界にマヴロス・オーブを落とした…」
「魔力の薄い下界では復活もまた遅くなるけど、マヴロス・オーブを作れる程の知恵の有る存在なら、それが最大限安全を確保する為の秘策だったんじゃないか?」
<ゴオゴゴゴォォォォ━━━……………>
怪しく鳴り響く魔力の風の音が、暗黒の空へと吸い込まれる。
そして…、遥か彼方の空からまた………黒光りする軟体の物体、防ぎようの無い魔の雨と呼ばれるデーモナスヴロヒが漂う大陸へと落ちていく………。
*デーモナスヴロヒ(第14話参照)
ドラは…、そのデーモナスヴロヒを忌み嫌う様に睨んでいた。
【 沈黙は最大の防御………か…… 】