第120話【 閉ざされたVOICE 】
「マレフィキウムの魔力をエクストラクション」
<………………………ヒュオォォォ………>
漂う大陸に吹く魔力の風の音だけが、遠くで響く様に聞こえてくる……。
時が止まった様に何も起こらない空白な時間がただ過ぎて行く……。
不自然に感じたドラが、カルディアへ声を掛けるが…。
【 どうしたんだ? 】
何かにためらうカルディアの目は……、大きく開いたままだ……。
「な、何にも出てこない……!?」
「って言うか、何かが間違ってる様な……」
首を傾げるカルディアは、魔法を唱えた後にその様な違和感を抱いたのだ。
【 間違ってる!? 】
「断定は出来ないけど、そんな気がするの……」
精通してるとまでは言えないが、カルディアの魔法や魔法式に対する直感はかなり鋭く、言葉には出していないがドラも認める魔法の使い手と成長していたのだが。
そのカルディアが ” 間違ってる “ と表現した事を、ドラは重く真剣に受け止めた。
世界樹であるドラ自身は精霊。
霊力で扱う魔法は熟知しているが、魔力で扱う魔法に関しては見聞きした事だけしか知識となっていない。
しかし深く、深く……、魔力で扱う魔法の事を熟考していた。
そして、ポツリと言葉を落とす。
【 違いがあるとすれば……、名前の部分だけだが… 】
その言葉を聞いて、エルが直ぐ様マレフィキウムへ向けてVOICEを展開する。
VOICEとは、相手のステータスが分かる霊力特有の限られた者だけの力。
<ブワンッ>
〜〜〜〜〜 VOICE 〜〜〜〜〜
●名前:Kenon(空虚)
●魔力クラス:ágnostos(未知)
●総合値:ágnostos
●魔力濃度:ágnostos
●オーラ濃度:ágnostos
●オーラ循環速度:ágnostos
●生命力:ágnostos
●スキル
・ágnostos
●魔法スキル
・ágnostos
◎状態:έλεγχος(支配下)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「!?……………」
【 ……どうしたんじゃ? 】
エルの驚きとも取れる心の変化を感じたモサミスケールが、目を下にやりながらそう問いかける。
「名前の読み方が合ってるのかVOICEで調べようと思ったけど、マレフィキウムの名前が、 Kenon(空虚)ってなってる……」
【 Kenon(空虚)!?】
「うん。」
「それにステータスが……、全てágnostos(未知)って表示されるんだけど…」
【 なんじゃと!? 】
ステータスにágnostos(未知)と表示される現象は、相手が自分の魔力よりかなり上の場合。
即ち自身の魔力不足、又は能力不足と言う事だ。
しかし、エルにはそれらは当てはまらない。
それ以外にágnostos(未知)と表示される場合は、有り得ないがステータスの隠蔽魔法を展開しているか、やはり問いかける “ 何か ” が間違っている時だ。
【 間違っているのか…、それとも魔女に対しては、VOICEは有効ではないのか…… 】
モサミスケールの長い経験の中でも、分からない事は沢山ある。特にモサミスケールやドラを含めた精霊と言う立場では尚更なのかもしれない。
アルガロスの人間としての改善を願うエルは、マレフィキウムのステータスをゆっくり眺めていた。
「それと…気になる表示がもう一つ……。” 状態がέλεγχος(支配下)“ ってなってる所に凄い違和感を感じるんだけど……」
【 έλεγχος(支配下)?? 】
悪魔と共に世界を混沌に追いやった魔女に、支配下との表示は何を意味しているのか……。
モサミスケールやドラ、アルガロスとカルディアもその異様な言葉にかなり驚いていた。
そんなやり取りを聞いていたマレフィキウムは、目をつむりながら胸に手を当て、服を<ギュッ>と掴む仕草をする……。
『【 έλεγχος(支配下)─────……… 】』
<フオォォォ………>
苦痛に耐える様な表情に変化していくマレフィキウムから、微かに魔力が漏れ出てゆっくり立ち昇っていく。
みんなはその異変に気付き、其々がマレフィキウムへと視線を送る。
そこには……、威厳高き魔女では無く、1人の女性としての……苦痛に悶える姿が映し出されていた。
そして………、ゆっくり開く美しく透き通る目から……また淡く光る魔力が流れ出て来る。
【 マレフィキウムと言う呼び名は…… 】
弱々しく言葉を漏らす彼女の艷やかな唇は……、微かに震えていた………。
【 本来は魔女の総称みたいなものじゃ 】
「ええっ!?」
【 ……悪魔と契約を結んで得た力をもって、災いをなす存在の事をマレフィキウムと言うのじゃよ。魔女とは……、悪魔に従属する人間の事を言うのじゃ… 】
ドラ以外のみんなは、その事実に驚いている。
魔女は……、元をたどれば人間だと言う事に。
魔女の生い立ちを知っていたドラは、マレフィキウムに問いただす。
【 お前の本当の名を言え! 】
そう問われたマレフィキウムは……、追い詰められた様にしばらく押し黙ってしまう。
その表情は、やはり苦痛に歪んでいた。
そして………。
【 本当の名は、悪魔が記憶から消し去ったわ… 】




