第117話【 魔力の同期とは 】
『【 ───── 堕ちた天使 ───── 】』
マレフィキウムの脳裏に一瞬フラッシュバックする古の記憶。
鮮明では無く、黒くぼやけ、かすれた残像が彼女を強烈に締め付け苦しめていた。
エルの残虐な魔力に……………、恐怖が永続する状態で神経過敏となり、様々な精神障害や強迫観念に取り付かれた様に……、パニック状態に陥っているマレフィキウム……………。
そして膝をついたまま、怯えながらドラの方へと顔を向け、何かを悟ったように言葉を漏らす。
【 こ……、この方は………!? 】
ドラは一度、厳しい表情でマレフィキウムをじっと見つめ、その後小さく仄めかす様に首を振る。
触れるな……と言う事だ。
膝をついているマレフィキウムは、項垂れる様に地面に左手を付き、右手で自身の首を触っていた。
【 うぐっ……… 】
目を閉じ眉間にシワを寄せ、何かの苦痛に耐える仕草………。
<ザッ>
ドラがその前に仁王立ちする。
【 マレフィキウム、お前の奇行はここ迄だ。これ以上仲間を襲うなら……もうオレにはヤツを止められない…… 】
と、ドラが周りを見ろと手を広げた。
顔を上げ、見渡した景色……いや、惨状がマレフィキウムの目に飛び込んでくる。
大小の岩が広がっていた筈の荒地が、見渡す限り螺旋状に巨大な渦を巻いたクレーターの様な凹みと化していたのだ。
しかも……黒く焦げた様な……漆黒の渦………。
【 お前はヤツに生かされているんだ 】
その言葉に息を呑むマレフィキウムの顔が、巨大な渦の大地に浮かぶ。
【 ヤツの怒りはお前に向けず、全て回りに流していった…… 】
【 攻撃や魔法は使わず、流れ出た魔力だけでこの有り様だ 】
マレフィキウムはもはや言葉すら発する事が出来ず、身体には力が入らず、只々……呆然とその場に座り込んでいた。
そんなマレフィキウムにドラがそっと手を差し伸べる。
【 もう一つ、聞きたい事があるんだ。お前の知識を包み隠さず全て彼等に言え! 】
【 え? 】
差し伸べられたドラの手を掴み、ユラリユラリと力無く立ち上がるマレフィキウム。
その前に、細い足が歩み寄って来る。
項垂れる彼女の前に出て来たのは……、カルディアだった。
そして、マレフィキウムの目を見ながら<ニコッ>と微笑んだ。
「ねぇマレフィキウムさん。魔力の同期って聞いた事あります?」
<ビクッ>と身体が小さく萎縮するマレフィキウム。
魔力の同期と言う言葉に、彼女は何かを思い出していた。
【 お前達……、つくづく奇妙な生き物だな…… 】
諦め…観念した様な表情で力無く応える魔女。
そして……、深く、深く考えながら言葉を落としていく。
【 ……、魔力の同期とはどう言う事を指すのかわかって言ってるのか……? 】
「うん! 別々の魔力型を1つにする事でしょ! ドラさんから教えてもらったから」
【 ……、そうか。なら何故余に聞く? 】
「以前、私がアルガロスの魔力と同期した事があったから」
*第73話参照
【 なに!!? 】
驚き目が大きくなるマレフィキウム。
「でも、危険な行為で禁忌に近い魔法らしいから、どの様な状態で何が起こるのかマレフィキウムさんに聞いてみようってなったんです」
カルディアの言葉を信じられず、マレフィキウムは
ドラの方に目をやったが、ドラも首を振りながら不思議そうに両手を軽く上げていた。
その行動をみたマレフィキウムは額に手を当て、信じられないといった様にゆっくり首を振る。
【 ……信じられんが、余に対して腐食せず、先の数多くの呪い魔法の壁…。決して罪深き人間には不可能な事が出来ている現状から……、古の世界から…色々と変化があるんだな…… 】
そしてまた……、深く、慎重に考え込みながら……、ゆるりとカルディアの方を見た。
【 魔力の同期……、それは一握りの上位の悪魔だけが扱える……、古の魔法なんだがな……… 】
「じょ…上位の悪魔だけ?……」
カルディアだけでなく、ドラ、アルガロスやスルト、デックアールヴのスノーリもその言葉に驚いていた。
【 そうじゃ。実際に見た事はないが、魔力を同期すれば其々の力を超越した力が出せると言われておる 】
【 その方法は、簡単に言えば各々の魔力型の違いを見極め、古の魔法式に変換して違いを抽出し、同じ魔力型になる様に魔法式を書き換えて元の身体に戻していく……… 】
【 そうすれば互いの身体から魔力が行き来する様になり、それが継続されれば同期した事になると聞いた事があるんじゃが…… 】
【 同じ魔力型にする古の魔法式やその方法は余も知らんわ 】
【 魔女を造るのも古の魔法式を使っておるが、余が知っているのはそれに関連するものだけじゃ 】
マレフィキウムは、遥か過去の記憶を思い出しながら、そう言葉を落としていった。
「やっぱ有るにはあるんだ……」
カルディアは顎の下に指を当て、考え込む様に小さく頷いている。
そんな罪深き人間の姿を見たマレフィキウムは、ポツリと危難となる重要な言葉を呟く。
【 だが…失敗すれば魔力が暴走し、膨れ上がった異質な魔力に互いの身体が破壊されると記憶しておる…… 】
「えっ……」
カルディアだけでなく、他のみんなもマレフィキウムのこのつぶやきに時が止まった様に言葉を失ってしまった……。