第115話【 淡く光る指 】
【 マレフィキウム、マヴロス・オーブについて知っている事を話せ! 】
<ドグンッ>
と波打つマレフィキウムの心臓と魔力。
その言葉に目を見開いたまま動く事すら出来ずに、彼女だけ時間が止まった様に立ち竦んでいた───。
ドラとマレフィキウムの間に交わされた契約による弊害が、古の魔女をそうさせているのかそうでないのか……。
マヴロス・オーブと言う言葉を聞き、何かを思い出している様だった。
【 ………、そう言う事か…… 】
アルガロスの横の岩の上に置かれた小さなマヴロス・オーブに目を向けた後、眉間にシワを寄せ、冷たい視線をアルガロスへ再度向ける古の魔女、マレフィキウム。
上半身裸であるアルガロスの身体に、色濃く刻まれた刻印を眺め、淡く光る指で差しながらポツリと呟いた……。
【 古の刻印の部類…、転生印顆…… 】
【 転生印顆!? 】
長く生きるドラでも初めて聞く言葉に、戸惑いを隠せないでいる。
マレフィキウムは近くの岩に、淡く光る指輪をつけた指で円を描く。
すると、丸い形の装飾されたテーブルと豪華な椅子が現れた。
そしてまた指をクルリと回す。
今度はテーブルの上に、沢山の果物と金色のコーヒーカップの様な器が現れ、そこには既に得体のしれない温かな液体が注がれていた。
それを見たドラは、両手を軽く上げる。
【 器用なもんだな…… 】
【 魔女の初歩じゃよ 】
マレフィキウムはそう言いながら椅子に座ると、カップに注がれていた得体のしれない液体を口に含み、首を掻きながらつぶやく様に語りだした。
【 生き残る為の最後の手段じゃ 】
そう言いながら手に持つカップ越しにアルガロスを見つめた。
【 ……成る程……。その罪深き人間はマヴロス・オーブに取り憑かれたって事か……。余も初めて見たわ 】
歯を食いしばる様な複雑な表情でアルガロスを見つめた後、魔女の小さな口が動いていく。
【 マヴロス・オーブは……、悪魔自身が死を覚悟し、自らの手で心臓から切り離したコルディスコアに自身の全魔力を急激に流す事で偶然出来る小さな塊 】
やはり言い伝えられてた事は本当だったのかと驚くドラ達。
だが、最後の言葉が引っ掛かった。
【 偶然!? 】
【 そうじゃ。悪魔とて、完璧な生き物ではないからな。自ら命を絶ちその様に行動しても、必ず出来るものでも無いのじゃ 】
【 危険を犯してまで僅かな確率で出来たマヴロス・オーブは、言わば自身の分身……。当初は見つからない様にする為に、ただの石と区別がつかない様に静寂しておる 】
残忍で非道な存在のマレフィキウムだが、やはりその知識や情報は何事にも捨て難い……、実に複雑で厄介な存在である。
そんな魔女の言葉に静かに耳を傾けるドラ達。
【 マヴロス・オーブは時をかけ、ゆっくりと漂う魔力を吸収し、転生の機を待つ……。敵対するモノ達がその寿命により、この世から消え去るのを静かに待つ為にな……… 】
【 育ち膨れたマヴロス・オーブは、次の段階へと進む為、魔力が濃く強い柩代わりとなる個体に、悪魔特有の転生印顆に秘められた、同一化の刻印で取り憑くのじゃ…… 】
やはりドラが分析していた通りの事を改めて魔女から告げられ、アルガロスは困惑していた。
「同一化の刻印……」
アルガロスの言葉に冷たい視線を送り、淡く光る指で差しながらまた言葉を続けていく。
【 そうじゃ罪深き人間。それは他の悪魔達に横取りされぬ様、自身の所有物じゃと明記する意味も込められておる 】
【 しかし……、罪深き人間の魔力では……と疑問に思ってしまうが、余の魔力に腐食しないと言う事は、コイツはそれらに当てはまらないモノ……と考えるべきか…… 】
マレフィキウムの冷たい視線が、アルガロスに刻まれた刻印を嫌う様に見つめている。
ドラはその解消方法がないかを探る為にマレフィキウムを召喚したのだ。
【 転生印顆の……、同一化の刻印の解呪方法は無いのか? 】
【 無いな 】
マレフィキウムの無慈悲な即答に、みんなは目を見開く。
言葉無く立ち竦む彼等を他所に、さらに容赦の無い言葉が続いていく。
【 同一化の刻印と名を使ったのは、その名の通りだからだ。同一化してしまえばどんな手を使っても引き離せん 】
さらにマレフィキウムは、アルガロスの身体の刻印を淡く光る指で指差しながら、また容赦無く言葉を続けていく。
【 その身体は既に悪魔と1個体となっているのだからな!!! 】
指を差した先のアルガロスに気を取られているみんなは、言葉尻に奇怪な笑みをこぼしたマレフィキウムの表情を───────誰も見ていなかった…。
そして、マレフィキウムがゆっくり立ち上がるとそれを合図に…。
<<<<< ブアッ >>>>>
マレフィキウムの回りに突如として魔法陣が浮かび上がる。
そして、その魔法陣とマレフィキウムから黒い魔力の煙が立ち上がり、周りを暗黒の渦へと引きずり込んでいった。
マレフィキウムは、ただ単に指を差していたいた訳では無く、密かに魔法陣を展開していたのだ。
【 しまった! 】
ドラの焦る顔が……暗闇へと吸い込まれるのと同時に、マレフィキウムは猟奇的な表情を浮かべながら…勝ち誇った様に叫んだ。
【 もう後戻りは出来んぞ! 罪深き人間!! 】
<ブワアアァ>
吹き荒れる魔女の魔力に呑み込まれ、一瞬みんなは視界を奪われてしまう。
その隙をつき、マレフィキウムの黒く光る手が………、アルガロスへと飛んでいく。
<ゴワアッ>