第101話【 世界樹シルの草原 】
自然豊かな草原。
夜明け前の霞か…、それとも魔力濃度が非常に濃いからなのか……、あまり風は無いが、ムラの有る大気がうごめいている様に見える。
その奥には、頂きが見えない大木が悠然とそびえ立っている。
そんな場所でも小鳥のさえずり、虫達の合唱が響く。
それぞれが、命の大切さを唱える様に唄っている。
それはまるで……、詠唱魔法の様に………。
<ブオ━━━━ン>
草原にブルーゲートが出現する。
その瞬間、小さな命達の合唱がピタッと無くなる。
ブルーゲートとは、現場より繋がる先の魔力が弱い地域の色だ。
ブルーゲートから吸い上げられたのは、エル、アルガロス、カルディア、モサミスケール、スルト、ドリュアス。
エルは回りを気にせず、すぐさまアルガロス、カルディアの様子を見に行く。
気を失い、横たわったままの2人……。
エルは首周りに輝く手を当て2人の無事を確認している。
が……、その手は、未だに小さく震えていた。
しばらくすると、アルガロス、カルディアが目を覚ます。
『良かった……』
エルのはにかんだ笑顔が2人の目に映る。
「ん?ここ何処?」
「なんだ?ここは?」
草原を見渡すカルディアとアルガロス。
その見渡す先に、あのスルトの姿が飛び込んでくる。
<バッ>
2人は喫驚した形相で素早く立ち上がり身構える。
一瞬だが記憶に残っている恐怖の一撃。
しかし……、2人は身構えるが身体が自然と後退していく。
強くなっている彼等さえ心に刻まれた圧倒的な衝撃は、そう簡単にぬぐえやしない。
そんな2人をよそに、グロテスクな変顔でピースサインのスルト……。
モサミスケールがカルディアの頭から離れ、プカプカ浮きながら、超短い手足?を振っている。
【 大丈夫じゃ。精霊はこの地で暴れる事は許されん 】
そう言いながらモサミスケールがエルの頭に戻って来る。
そして草原を見渡しながら2人に向かって呟いた。
【 ここは世界樹シルの草原じゃ。安心せい 】
「ぇえ!?世界樹!!?」
突然の事で混乱し、焦り顔の2人は辺りを見回している。
エルも立ち上がり大木の方に目をやるも、雄大な自然が広がっているだけ。
回りを見渡すが、ブルーゲートから出てきた自分達だけがいて、それ以外は誰もいない。
そんなエルの顔は、とても虚ろな表情をしていた。
【 成長している様に見えませんが 】
突然後ろから幼さが残る声が飛んで来る。
振り向くと、可愛らしい女の子がエルを見上げていた。
髪は紫色のショートでオレンジ色の瞳。防具の様な物は、黒と紫と白色をベースとした龍のウロコ、皮膚、爪、牙から出来た様なゴスロリ風ファッションの女の子。
「や、やぁ……久しぶり…シル」
と申し訳なさげに小さく手を振るエル。
「えぇっ!? あの娘がシル!? 世界樹!??? 」
とアルガロス、カルディアは驚いている。
大地、生命の源。古より語り継がれた多くの謂れや所伝。迷信なのか虚言なのかさえ分からない、今では架空の古言として書物に記されてるだけの………大木。
エルから聞いてはいた…。
疑ってた訳ではないが、だが、やはり心の中では半信半疑だったのかもしれない。
それに、自分達より幼く見えるその姿が…、いや、確実に幼い姿に、さらに困惑していた。
エルは少しモジモジしながら、
「聞きたい事があって……」
と言いかけると、
シルはエルの言葉はお構い無しに、可愛らしい顔で頬を膨らませ、上目遣いでビシッとエルを指さした。
【 甘えからくる止まった成長 】
【 器の強化が進んでいる様に見えません 】
【 未成熟による不安定な力 】
【 ユグ姉、ドラ姉の師事を無駄にしてます 】
嵐の様に吹き荒れる言葉の攻撃。
初めて会った時も同じ様に言われ、シルの言葉に叩きのめされた記憶が蘇る。
そして……その後につぶやかれたシルの言葉がエルの心を強く締め付ける。
【 仲間を悪魔の柩にしてしまった罪 】
<ドババババッ>
突然シルを起点に、無数の古の文字が飛び出してきて渦を巻きだした。