第100話【 緑の影 】
大きな地響きとともに、炎と土煙がタナトス渓谷の草原に飛び散った……。
飛ばされたエルは、すぐさま立ち上がり振り向くが……、驚きのあまり言葉を失い……紙が水を吸い上げる様に徐々に震えが身体を覆っていく。
少し離れた所にカルディアが倒れている。
カルディアは動かないが、モサミスケールがカルディアの頭に被さり光を放っている。
⇆【 気絶してるだけじゃ 】⇆
エルの頭に直接話しかけてくるモサミスケール。
防御魔法のトイコスか、回復魔法か……。
何か分からないが保護する魔法を展開しているようだ。
エルからは見えないが、振り下ろされたスルトの腕が、地面にめり込みながらメラメラと燃えている。
炎と土煙が舞い上がる中……、エルの大きく見開いた目からは、小さな淡い光が頬をつたい地面へと蒸発しながら落ちていく。
それは……、力無く、儚く……何かを失った様に消えていく。
そして……………。
「アルガロス━━━━━━━━━━━」
そう叫ぶしか出来ないエル……。
動けず、身震いが止まらず……。
炎が徐々に収まり、タナトス渓谷の魔力の風が土煙を押し流していく。
破壊的な霊力の持ち主スルト。
その……深く地面にめり込むスルトの手が見えてきた……。
動く事の出来なかったエルの目に飛び込んできたその悲惨な光景の中に、別の何かが映り込んでくる………。
「ドリュアス!!!?」
ドリュアスと呼ばれる妖艶な女性が、スルトの腕を止めている姿。
アルガロスは光に包まれた中に保護されていて、気絶してる様だが潰されてはいなかった。
このドリュアスと呼ばれる女性は、下界の世界樹シルの護衛、お世話係。緑髪で身体も全てが緑色。妖艶な女性の姿だが、スルト同様に強い霊力を持つ危険な存在なのである。
【 手をどけろ! スルト 】
そう言いながら <キリッ> とスルトを睨むドリュアス。
【 邪魔するな! そいつは悪魔だぞ!! 】
野太い声でドリュアスを威嚇するスルト。
<ブーン>
何処からか大小多くのミツバチがドリュアスの回りに集まって来た。このミツバチは、ドリュアスの武器、防具の役割をになう攻守隊と言っていいだろう。
それぞれが強い霊力を持つミツバチの大群だ。
ドリュアスの本気度が伺えるこの行動に、スルトは振り下ろした腕から力を抜いていく。
そして、炎をまとう口が重く動く。
【 …世界樹の護衛が古の悪魔をかばうとは、笑止 】
【 見当違いだスルト。確かに悪魔の刻印だが、まだ ” 匂い “ 段階だぞ 】
ドリュアスは仲間であるスルトに対して説得する様に言い聞かせている。
ただ、人間と同じ様に別人格を持つ精霊を説得するのは容易ではない。
しかもスルトは何処にも属さない放浪者。いわば異端児だから尚更だ。
この様な精霊は、何かしらの興味を引くしか無いのだ。
【 匂い段階!? 】
【 そうだ。スルトも聞いた事があるだろう。虚言に似た流説だが、まだ自身で動く事の出来ない産まれる前の悪魔の “ マヴロス・オーブ ” の噂を 】
【 マヴロス・オーブ!!? 】
スルトの驚く顔が、暗闇に浮かぶ。
放浪者であるスルトも、過去にマヴロス・オーブの噂を聞いた事があるからだ。
悪魔に関する事、存在は精霊達にとって脅威であると同時に、情報は貴重な防御と成り得る事がある。
それはスルトにとっても同じなのだ。
【 マヴロス・オーブ……それは本当なのか? 】
【 それを確かめる為に、彼等はゲートを創れる精霊を探そうとしていたんだ 】
【 そうだな!? エル 】
ドリュアスの冷たい視線を受けるエルは、たじろぎながらもうなずいている。
何故ドリュアスがその事を知っているのか不可解だったが、それより心配なのは……。
「ア、アルガロスは……」
【 スルトの威圧に気絶しているだけだ。心配無い 】
その言葉に安堵するが、身体の震えが止まらない。
アルガロスの危機に何も出来なかった事。そして、心に誓った決意がこうも簡単にもろく崩れたのだから。
スルトは少しの間、アルガロスを観察している。
その鋭い眼光は、何かを推し量る様に厳しい。
【 悪魔をシルの下へ送るのは反対だが…、マヴロス・オーブ……か……… 】
スルトはそう言いながら、炎をまとう右手を軽く振った。
<ブオ━━━━━ン>
みんなを包む様に大きなレッドゲートが出現する。
レッドゲートとは、現場より繋がる先の魔力が非常に強い地域の色だ。
そのゲートに吸い込まれる様に、みんなは消えていった。
<バシュン………>