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短編 2 魔法老女カラミティ

作者: スモークされたサーモン


 この作品は魔法少女が老婆になったらどうなるのかな? という所から生まれました。今思うと普通に魔女だよね。なんだ、魔法老女って。





 魔法少女カラミティ。


 彼女こそ魔法少女の一時代を牽引した偉大なる魔法少女である。彼女によって救われた世界は優に20を越える。公式な記録に残っているだけでこの数だ。まさに稀代の魔法少女である。


 異世界から異世界へと渡り歩き、悪をしばき、悪を駆逐し尽くした魔法少女カラミティ。神々ですら避けて通るとまで詠われた生ける伝説である。


 彼女の功績により、複数の世界で魔法少女学院が設立されることになった。


 世は空前の魔法少女時代となったのだ。


 うむ。我輩の職場もこのひとつである。


 あ、我輩と称しているが自分は事務員の新入りで大学を卒業したばかりのフレッシュマンである。この口調は大学デビューに失敗して修正が不可能になったままここまで来てしまっただけである。深く気にする必要はない。ただの黒歴史だ。現在進行形のな。


 ま、それはどうでもいい。


 魔法少女カラミティにより複数の世界は平和になった。平和になったが悪の芽はいつの世も勝手に芽吹き、大きくなってしまうものなのだ。


 巨悪は滅びた。しかし小悪党は乱立した。そこで魔法少女である。


 魔法少女学院が色々な世界で設立されたことがすぐに効を奏する形になったのだ。


 我輩のいる世界もカラミティに救われた世界のひとつである。というかカラミティの出身地である。


 なのでうちの学院の校長は魔法少女カラミティ本人だったりもする。


 ……魔法少女カラミティが伝説の魔法少女となったのは今から70年前の事だ。


 そう。


 今の『魔法少女カラミティ』は御歳86才になる。


 そう。


 魔法少女カラミティは『魔法老女カラミティ』となり今も世界と後進の為に日々を過ごしておられるのである。


 ……ちなみに独身な。どうでもいいけど今も処女なんだってさ。この前の新人歓迎会の飲み会で30回以上聞かされたよ。カラミティ本人に。


 


 ◇



 我輩は事務員である。


 名前はちゃんとある。


 でも同僚や上司、学院の生徒ですら我輩の事を『ぼっちゃん』と呼ぶ。何故だ。


 まぁよい。


 我輩の勤める学院は国立魔法少女学院である。わりとすげー所だ。優良企業のトップを飾るような職場である。よくこんなところに自分のような木っ端が就職できたものだと本気で思う。実の両親からも「あら、ドッキリにしてもやり過ぎよ」と冷笑を買ったものだ。うん、我輩もドッキリだと思ってたんだけどね。


 我輩もてっきり何かの詐欺だと思って面接の通知を無視したのである。そしたら大学に黒服の怖い人達が来て拉致されそうになった。あれは大騒ぎになった。我輩も必死になって構内を逃げ回ったものだ。逃げるよね、普通。


 大学側からも追っ手が差し向けられたりもした。我輩、軽い気持ちで事務員の募集に申し込みしただけなのに。


 多数の追っ手以外にも魔法少女を差し向けるのは本当に止めて欲しいと思ったものである。


 大学構内という地の利があれど三人の魔法少女に追われて我輩は確保されることになった。


 そして学院に連れていかれ校長直々の面接を受けることになったのだ。世間ではこれを『拉致』という。


 このときのことは正直覚えていない。追っ手魔法少女による『マジカルボディブロー』と『マジカルドロップキック』と『マジカルっぽい肘鉄的なアレ』で我輩は人の形を保っていなかったのだ。


 世は魔法少女時代。


 今も昔も魔法少女は『物理特化』である。おい、魔法少女だろ。魔法を使え。


 そんなわけで気付いたら学院の医務室でカラミティ本人に魔法で治療されていた、というのが我輩が覚えている唯一の記憶となる。面接ちゃうよね? 


 そして何故か面接は合格となり、我輩はこの国立魔法少女学院の新人事務員として働くことになったのである。


 なお、他の事務職員は大半が元魔法少女であり美人揃いの職場であった。


 ……ひゃっほー! と勤務初日から浮かれてしまうのも当然であろう。まぁみんな物理特化の元魔法少女なのだが美人であることに疑いはない。


 事務所は良い匂いがする桃源郷だった。果物の匂いであるな。若い男性なら興奮が止まらない、そんな桃源郷である。


 事務所には男の職員も勿論いるのだが割合として圧倒的に女性率が高いのだ。


 我輩は前世でどれだけの徳を積んだのだろうか。どう見ても天国です。御先祖様、超ありがとう。我輩、性的な問題を起こさないように頑張る。多分手を出したらぷちっと潰されるけど。我輩よりもみんな強いはずだし。物理特化だもん。


 で、肝心の事務仕事なのだが……実は、かなり大変だった。


 学校の事務ということで、そこまで専門的な知識は要らぬだろうと我輩は甘く考えていた。何せ我輩は軽い気持ちの応募だったし。


 そんな我輩は勤務初日からフルボッコされることになる。ここは桃源郷やーと浮かれていられたのは二時間ほどだった。


 いやぁ、初日から問題発生なうえに専門用語バリバリで異世界に来たんじゃないかと本気で疑ったね。どっかで魔法少女トラックに轢かれたかなと。


 魔法少女の世界は普通の世界とは違う次元の問題で溢れていた。まず魔法少女からして意味が分からない存在だ。何故魔法が使えるのか。


 だって魔法少女じゃん?


 と一般人ならそれで済む。


 だが実際の魔法少女となると色々な制約や規約、規則に契約など、魔法少女には煩雑な事務手続きが必要不可欠だったのである。


 魔法少女とは超次元存在との『契約』によって作られていたのだよ。


 夢が無い。


 我輩はそう思った。初日から『異性交遊』案件で三人の魔法少女が退学となり事務所がてんやわんやしたのだ。


 勤務初日から残業というか泊まり込みである。職員は全員が殺気立っており、修羅場の様相であった。魔法少女怖い。これが我輩のワークマン初日の感想であったよ。事務所は良い匂いだったけど。


 次の日からも煩雑な事務手続きは生徒の数だけ存在した。各々の魔法少女ごとに異なるルールで契約などを結んで魔法少女になっている為に事務手続きも完全オーダーメイドである。超メンドイ。これに尽きる。様式なんてありゃしねぇ。


 特に初年度というか学期始めは『契約』の確認などやることがてんこ盛りである。この期間に他の問題が起きると修羅場確定である。というか例年必ず起きるらしい。


 新人である我輩は最初の一月、先輩の言う通りに動くことしか出来なかった。言われるままにひーひー言いながら事務所を駆け回った。雑用係である。


 事務手続きのミスで魔法少女の資格を失う事もある。だから事務員の責任は重い。


 責任重大すぎである。


 勿論我輩がそんなことをやらかしたら……ひっそりと闇に消されるか、大々的な処刑が待っている。


 ま、あくまで事務員は魔法少女のサポート、という立場なので魔法少女本人がしっかりしていないと駄目という前提があるから大丈夫といえば大丈夫ではある。


 それに多くの魔法少女は常人には見えない『マスコットキャラ』を従えているので事務手続きのミスで大事になることは滅多にない。


 ……滅多にないが、あるにはある。だからこの仕事には人気がなかったのだ。だから我輩のような木っ端が即採用されたのだろう。みんな神経をやられてすぐに辞めてしまうと先輩達は笑いながら語った。みんな元魔法少女である。みんな訳ありっぽくて聞くに聞けねぇよ。地雷だらけだっつーの。


 そういうわけで初勤務からおよそ一月。激務の時期がようやく終わった。我輩はろくに家に帰れず学院の仮眠室に寝泊まりする生活からようやく解放されるのであった。


 ……なんもないよ? エッチな事件とか全くない。慣れぬ仕事に疲れ果てて廊下で何度か行き倒れになったくらいで面白ハプニングとか全く無かったよ。ラッキースケベは一回だけ発動したけど相手は校長で即気絶したからノーカンで。



 ◇



 我輩が事務員として国立魔法少女学院に勤め始めて半年が経った。


 我輩も仕事に慣れて同僚とも上手くやれているとは思う。


 事務員が大変なのは学期始めと新入生が入ってきた時である。あと生徒が問題を起こしたときであるな。


 その他の時期は、わりと暇である。暇とはいえ仕事はある。生徒である魔法少女から相談を受けたりとかお茶のお誘いを受けたりとか。


 魔法少女にはそれぞれ特殊な『契約』や『規則』がある。一日一回はティータイムを必ず設けないと魔法が使えなくなる、という生徒もいる。


 本人はコーヒー派でそれなりに難儀していると言っていた。


 魔法少女も大変なんだなぁとお茶に付き合いながら思った。ティータイムに相席しながら彼女の話を聞いたのだが、彼女には許嫁がいるらしい。結婚するまでは魔法少女として社会に貢献する活動をしたいと思っているそうな。


 ……志が立派すぎて我輩死にたくなった。毎回彼女のおっぱい目当てゲフーン!


 ……彼女の相談相手になれて我輩は恐悦至極である。許嫁が羨ましくて仕方無い。


 彼女の他にも変わった『契約』『制約』を持った生徒からの相談は多い。


 例えば『男性との接触』で一発アウトになる生徒もいる。彼女は宇宙服を着て日々の生活を送っていた。普通に宇宙飛行士だ。魔法少女要素は何処行った?


 毎日が大変なんですーと相談されて、そこはキグルミでいんじゃね? と軽く助言したら次の日からはウサギのキグルミになった。外国のカートゥンアニメに出てくるようなスマイルラビットだ。


 ……超怖い。激烈スマイルなのに寒気がした。中身は普通に可愛い女の子なのに。外国のピエロとかマスコットは何故にあんなに怖いのか。笑顔が怖いってどゆこと?


 先輩や同僚からも怒られた。解せぬ。解せぬぞ。我輩がアレを進めたわけではないのに。


 まぁ生徒からの相談の多くはこのように緊急性の低いものが大半である。


 本当にヤバイ相談は事務員ではなく担任とかに行く。むしろ何故事務員である我輩が魔法少女達の相談を受けていたのか謎である。まぁいいけどさ。


 あまりにもヤバイ相談事は事務所にも連絡が入ることになっている。危機感の共有化という奴だ。実は結構多い。


 生徒がカラミティ校長にいびられたーとか。


 女性教師がカラミティ校長から『あら、あんた今度三人目が産まれるそうじゃないか。女として羨ましいねぇ』とニタリと笑顔を見せられたとか。


 同僚も『魔法少女を辞めた感想を原稿用紙三枚に書いて提出しな』とカラミティ校長に言われたとか。


 中々にエグい。エグいよ校長。隣で同僚が泣きながら原稿用紙を書いてるのを見て、我輩も辛いの一言である。


 こうなるとうちで一番偉い人、事務局長の出番である。しかし事務局長もかつては魔法少女だったお方。カラミティ校長の後輩である。かなり年の離れた後輩だ。


 そうなるとあまり強く出れないのが現実である。


 なお、事務局長はまだ独身だが十分に若いので多分平気だと我輩は勝手に思っている。


 事務局長は眼鏡の似合うクールビューティーだ。実はうちの母と同い年。視線だけで部屋の温度を下げられるので迂闊に年齢の話は出来ない。会話のネタはいつも気を付けている。


 どうでもいいことなのだが、局長の魔法少女時代の名前は『キャラメルシナモンプリンセス』だ。愛称は『モンプリ』


 本人はシナモンが苦手で魔法少女にしては珍しく付与術師としてチームメンバーを支えた実績を持つ。魔法少女なのに珍しく魔法使いなのだ。


 うちには彼女達のライブ映像が残ってて小さい頃母親に何度もDVDで見せられた覚えがある。『モンプリ』は普通に歌が上手くて踊りも素敵だった。なので局長が側にいるといつもドキドキしてしまう。でも彼女は母親と同世代。とち狂うわけにはいかぬ。

  

 局長達のように魔法少女は基本的にグループで行動する。魔法少女として、そして魔法少女アイドルとして。


 単独で行動していた魔法少女はカラミティぐらいである。それだけ実力があったという事なのだろう。アイドルとしては……まぁノーコメントだけど。


 そんなわけでカラミティ校長を諌められる人はこの学校というか、この世界に居ないのが実情である。


 かつて魔法少女カラミティとタイマンでやりあったという悪心大魔王も既にいない。サクッと殺られたので。


 多国籍秘密結社『夜の帳』もカラミティによって全滅させられた。


 ある意味この世界の支配者にもなれたのがカラミティ校長である。学院の支配者で収まってるのはむしろすごい事なのだ。


 だから学院内部のあれやこれらは政府からもノータッチ案件とされている。世知辛いぜ。


 職員からはすこぶる評価の悪いカラミティ校長だが、そこまで陰険ではない……と我輩は感じている。


 カラミティ校長はガチのお局様として誰彼構わずイビり倒している訳ではない。彼女がネチネチと説教するときはちゃんと訳があるときなのだから。


 現役魔法少女がピンチになると魔法老女カラミティが颯爽と現れて悪人をフルボッコ。そして魔法少女にネチネチとお説教。というのが我輩世代の見慣れた光景だ。テレビでよく見た。魔法少女が泣き出すのもお約束。


 いまだ現役にして世界最強の婆。


 それがカラミティ校長なのである。


 立派な人なんだけど飲み会でいつも絡んでくるのが困りものであるな。ファーストキスもまだ、とか言われてもさ。正直どんな反応したらええの? 奪えとでも?


 ひ孫に絡むお茶目な婆、というのが我輩の感じた感想だ。酒が好きな愉快な婆様である。だが、それはわりと珍しい光景であったそうだ。我輩にはずっと知らされなかった事実だがな。


 

 ◇



 我輩が国立魔法少女学院に勤めるようになって一年が経とうとしていた。またあの地獄がやって来る。


 そんな戦々恐々な今日の相談者は、なんと校長本人であった。なんで?


 学生は春休み中。いつもより、のんびり静かな事務室に校長が突然の殴り込みである。他の職員は全員逃げた。然もありなん。我輩は逃げ遅れたのだ。然もありなーん! スペックの差が顕著に出たのだ。


 というわけで、とりあえず相談を受けることになった。我輩がな。お茶請けはみたらし団子にした。今日のおやつである。


 珍しくお酒の匂いのしないカラミティ校長の相談内容は『最近の魔法少女の倫理観の低さに頭を悩ませている』とのことだった。なんか真面目な話で驚いた。


 ……ワ、ワガハイ、オンナノコニ、テヲダシテ、ナイヨ? ホント……ダヨ? 


 確かに異性関連で『契約違反』を犯し、魔法少女でいられなくなった生徒はこの一年でそれなりの数にのぼる。例年30人程が魔法少女ではなくなるのだ。今年もそんくらい。


 でも恋愛は個人の自由では?


 と我輩は言ってみた。


 そしたら『恋愛じゃなくて職業倫理のことさね』と真面目な顔の校長に言われた。我輩は自分の顔が熱くなるのを感じた。普通に恥ずかしい。自分の恋愛脳に殺される。


 最近の魔法少女は何かにつけて『動画配信』や『動画投稿』果ては『機密暴露』を平気でやってしまうと校長は嘆いていた。


 確かに魔法少女にはアイドルという側面もあるから多少の露出は仕方無いとしても『機密暴露』はあり得ない。我輩も同感である。


 少しでも人気が出るように魔法少女も必死らしい。校長はそれを理解した上で悩んでいたのだ。


 なにせ今は空前の魔法少女時代。


 政府に登録されている魔法少女の人数はおよそ一万人。他の世界にも侵略できる戦力だ。ちと多すぎ。


 これに加えて自称魔法少女や引退した魔法少女。更に違法魔法少女に脱法魔法少女も含めれば、その数は十倍以上に膨れ上がる。


 悪の組織が追い付かないレベルで世界は魔法少女だらけなのだ。


 個人的な感想として食傷気味である。


 魔法少女が溢れるなかで、如何にして人気魔法少女となるか。普通にアイドルとして活動するにしても数が多すぎなのである。ライブ会場は魔法少女でいつも予約がいっぱい。一般アーティストが路上ライブをするような光景が普通になってしまった。


 校長が言うには、ここまで魔法少女が多いのはこの世界だけとのことだった。多分校長の影響が大きいんだろうなぁと我輩は思ったが黙っていた。


 この世界を救った英雄がいまも現役なら影響も大きかろう。いっそ他世界への派遣とか出来ないのかな、と考えていたらカラミティ校長から爆弾が投げ込まれた。


「あたしもそろそろ引退するときが来たようだね。あんた……あたしの婿になって異世界に渡る気はあるかい?」


「……ダヨ?」


 人は己の理解出来ない事に遭遇するとフリーズする。


 老婆からのプロポーズ。


 二人きりの事務室。


 にじり寄ってくるニタリと笑う老婆。


 我輩の脳裏に走馬灯が駆け巡る。


 あれはつい先日。事務局長と二人っきりでカラオケに行って朝まで歌いまくった時の事。あれから二十年は経っているのにモンプリ(事務局長の魔法少女時代の名前)は声に深みが出ていた。踊りもキレッキレだった。そして……うん。二人でデュエットもした。すごく楽しかった。そのあとは……うん、内緒。


 その思い出が浮かんでは消えていく。


 走馬灯は終わらない。


 あれは少し前。ティータイム少女から相談を受けた時の事。許嫁から一方的に婚約破棄を突き付けられた彼女は泣きながらお茶を飲んでいた。許嫁から悪役令嬢はゴメンだ、と言われたらしい。確かにティータイム少女は金髪ドリルで目付きが鋭い。見た目は、すごく悪役令嬢っぽい。


 だが実際の彼女は真面目で高潔な魔法少女見習いである。許嫁は彼女の何を見ていたのだろうか。


 泣いてる彼女を慰めるために彼女の頭をなでなでした。ドリルも触った。女の子のドリルがあんな風になっているとは我輩も知らなかった。ドリルで延々と遊んでいたら女の子は呆れた顔をしていた。つまり泣き止んでいた。


 まぁ結果オーライ。


 その思い出が浮かんでは消えていく。


 えーと、あと最近起こったのは……。


「無言は肯定と取るよ。さ、異世界に行こうじゃないか」


 カラミティ校長が手を伸ばす。しわしわなおばあちゃんの手だ。うきうきしてる雰囲気を我輩は感じ取った。


 我輩の頭はギンギンに動いているが体が動かない。あまりにも衝撃が大きすぎて体が動かないのだ。怖いとも言う。


 死神だ。黒い衣を纏った死神が目の前にいる。鎌を振り上げて今にも我輩の首を落とさんとしている。


「ダヨー」


 何故かこの言葉だけは出せた。何故だ。


「そうかい。私と一緒に死んでくれるんだねぇ。女冥利に尽きるよ」


 ちげぇよ、ばばあ。なんで嬉しそうにしてんだよ。


 そう言いたいが死神が増えていた。我輩の前後左右に計四体。なんだこれ? 我輩のお迎え?


「ちっ、ワールドガーディアン共が辛抱堪らないって感じだねぇ。早速跳ぶよ」


 どこに? と我輩は言いたい。でも出た言葉はこれだった。


「ダヨー」



 そして世界が捻れた。






 我輩はダーリンである。


 名前はあるけどどうでもいい。


 我輩はカラミティ校長の力で異世界へと跳んでいた。跳んでから丁度一年が経っていた。


 今日は……カラミティ校長の命日である。


 そう。


 あの日カラミティ校長は我輩を異世界に跳ばしたあと、すぐに死神達に襲われたのだ。


『あっはっはっは。世界間を跳べるなら過去にだって跳べるんだよ! 死神が怖くて魔法少女なんてやってられるかい!』

 

 と笑う婆が死神を物理でぶっとばしてる光景を最後に我輩は過去へと跳ばされたのだ。


 我輩だけな。


 我輩だけが過去に跳ばされたのだ。


 多分カラミティ校長は死んでない。ピンピンしてるだろう。でも死んだことにする。死神を殴るのは人として終わってるからな。

 

 我輩もこちらで恋人が出来た。もう一年も経つのだ。恋人の一人や二人は出来ようものだ。いや、恋人は一人で十分だけど。


 だから……彼女の為にも我輩は元の世界に戻るわけにいかないのだ。戻る方法も分からんけど。


 今日はその決意の日である。この世界で生きていく。そしてこの世界で出会った彼女にプロポーズを申し込む予定である。我輩、超緊張してる。


 彼女はこの世界に堕ちてきた我輩を親身になって世話してくれた優しい女性である。


 そんな彼女の名前は『カラミティ』


 多分別人だ。


 きっと別人だ。


 絶対に別人だと思う。


 だってまだ高校生なんだもん。


 そんなカラミティちゃん(女子高生)は可愛い女の子で物理特化の魔法少女をしていた。


 ……嵌められたとは思う。


 ちなみにカラミティちゃんのファーストキッスは、みたらし団子の味がした。我輩の食べていたみたらし団子の味である。まぁあれだ。我輩が襲われたとも言えるだろう。見方によっては。


 女子高生カラミティちゃんとカラミティ校長は恐らく通じていた。そんな気がする。カラミティ校長は時空を越えて幸せになる道を模索したのだろう。


 その答えが我輩の異世界転移タイムトラベルだったのだ。何故我輩が選ばれたのかは謎である。そこらにいる男性アイドル程度ならカラミティ校長の力で拉致監禁も楽チンであるからな。


 でも我輩が選ばれた。


 高校生のカラミティちゃんなら文句ありません。ありがとうございます。我輩、必ずカラミティちゃんと幸せになってみせます。毎日が薔薇色ってこういうことを言うんですね。出会って五秒で唇を奪われましたけど。


 そんな可愛いカラミティちゃんだが、今のカラミティちゃんは普通の魔法少女になっていた。異性とキスをすると出力が1%にまで低下してしまう『制約』が彼女には掛けられていた。


 それでも他の魔法少女に比べると無敵に近いから正真正銘の化け物だと思う。ここから更に色々な事をすることで出力がどんどん落ちていくらしい。


 しかし魔法少女であることは無くならない。そんな『契約』なのだそうだ。


 カラミティちゃんは『普通の女の子』に憧れていた。魔法少女に目覚めたのが五才の時。それからずっと彼女は魔法少女として永い時を過ごすことになる。80を越えても魔法少女であり続ける事になるのだ。もう少女じゃなくて老女だよ。


 普通の女の子のように恋をして。


 普通に学生生活を楽しんで。


 普通に好きな人と愛し合いたい。


 それが彼女の願いだった。


 普通の人には当然である事が彼女には無かったのだ。


 だから彼女は時を越えるという荒業に踏み切った。世界のルールを守る死神達をぶちのめしてまで。


 私は『普通の女の子』になりたい。それが子供の頃からの夢だったと。


 飲み会で何度も同じ話をカラミティ校長本人から聞いたから間違いない。耳にタコが出来るレベルで聞かされた。魔法少女も楽ではないなと思ったものだ。まぁカラミティ校長は人の尻を撫でながらのセクハラ婆ではあったがな。


 あれか? 尻か? 我輩は尻で選ばれたのか?


 ……。


 ……いや、気のせいにしておこう。


 これからこの世界はどんな未来を紡いでしまうのか、我輩は不安だらけである。タイムパラドクスとかどうなるのか。我輩が存在することでこの世界はどうなってしまうのか。


 まだ我輩の両親も産まれていないのだ。祖父や祖母がそろそろ産まれるぐらいか?


 もう意味が分からない。


 だから気にしない。


 考えても我輩には何も出来ないのだ。だから出来ることをする。


 我輩のやることはこれだけでいい。


 好きになった女性を幸せにする。


 魔法少女カラミティを普通の女の子として大切にする。


 これだけを考えてこれからを生きていく。


 さぁ、覚悟は出来た。早速プロポーズをしに行くとしよう。指輪の用意も万端だ。


 これからプロポーズだけど、彼女の両親には既に『家族』として見られている。カラミティちゃんも勿論そう見ている。我輩も勿論そうだ。


 プロポーズはけじめである。我輩の男としてのけじめなのだ。彼女の年齢的にもな。


 けじめであるプロポーズまで一年も掛かったけど出会って三日で我輩は責任を取ることが確定していた。いや、我輩からではないぞ? 


 カラミティちゃんが我輩を押し倒してきて『アーッ!』ってな感じで襲われたのだ。世間ではそれを『夜這い』と言う。


 ……まぁ気にせずに行くのだ。今は授乳の時間だからカラミティちゃんは赤ちゃん部屋にいるはずだ。パパはベイビーが普通に育って欲しいと思ってる。魔法少女になんてさせないからな、絶対に。パパの覚悟は本物だぞ? 






 この世界にはかつて『魔法少女カラミティ』という最強の魔法少女がいた。彼女は世界を渡り歩き、あらゆる邪悪を滅ぼしていった。


 だがある日、彼女は唐突に魔法少女を引退した。


 カラミティは一人の女の子に戻りますぅぅ、と言って魔法少女の世界から消えていったのだ。


 世界にはまだ多くの悪が蔓延っていた。だが魔法少女もまた全てが消え去った訳ではなかった。

 

 最強の魔法少女は消えて、新たな魔法少女達がテレビを賑わしていく。


 そして時が経つにつれ皆の記憶から『魔法少女カラミティ』の名は次第に消えていった。


 それを誰よりも嬉しく思っていたのは『ぼっちゃん』と呼ばれる凄腕の魔法少女相談員だったという。




 この作品の感想。


 魔法って言えば、なんでも許されると思うな!



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