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死体の代金として銀貨五十枚が入った袋を受け取る。
その際、私は注意書きの紙を町長に渡した。
これは私の提案によるもので、死体を設置する際の注意点や〈人喰い〉の基本的な習性について簡潔にではあるが記載されている。
親切な〈死体拾い〉というものがこの世界に存在するのか、私は知らない。
少なくともエマはそうではない。
でも、〈人喰い〉の恐怖に晒された人たちも必死であるし、お世辞にもお買い得と呼べる買い物をしていない。
紙を一枚である程度の疑問や疑念が払拭されるのであれば安いものだ。余計な恨みを買って、帰り際に背中を刺されたら気分が悪い。
「『騎士』様はいつ頃いらっしゃるのでしょうか」
町長がエマに懇願するように聞いていた。
アンナの顔を見てからというもの、町長が自分の髪を撫でつける手はいっそう忙しないものになっていた。
「分からない。彼らはもしかすると〈人喰い〉よりも気まぐれだから」
エマの血の通っていない返事に、町長の頬のしわの濃さが増した。
もう少し言い方を選んでも良い気はするが、変な期待をさせないのはある意味で親切なのかもしれない。
〈人喰い〉がどの程度の期間、同じ場所に留まるかは彼らの気分次第だ。
それに、教会が『騎士』を派遣するときの明確な基準は存在しない。
教会としては、〈人喰い〉を手早く討伐してしまうのは商売の機会を損失することになる。町が壊滅しない程度に泳がせていても不思議ではない。
だから、しばらくこの町は〈人喰い〉と共に生活を送ることになるのだろう。
私とエマは車に乗り込む。
町と町の間を広がる荒野道に街灯なんて上等なものはない。日が暮れると暗闇の中を車を走らせなければならなくなる。
見送りなのか、それとも呆然と立っているのか判別がつかない二つの影が少しずつ遠のいていく。
やがて夕焼けの明かりが届かなくなって、見えなくなった。
「可哀想だね」
心に浮かんだ気持ちを率直に言葉にする。
エマは首を傾げた。
「助けてあげたいの?」
「全然」
そう、と銀色の〈死体拾い〉は無機質な相槌をする。
「可哀想って気持ちと助けたいって行動は両立しないものなのね。私、可哀想とも思わないから」
たぶん、君の方が健全だ。
私は声に出さず、心の中でそう返事する。
エマのような、他人に無関心な人が世界に溢れてたら良かったのに。
心の底からそう思う。
もしそうだったら、静寂が地上を支配していたことだろう。
そんな世界は今よりもずいぶんと冷たいかもしれないが、高い木々がただ立ち並ぶ森林のように、幸せも不幸せもなく穏やかなものだったはずだ。
私の姉は『可哀想な人』だった。
人と会うのを恐れ、言葉を発する度に窒息しそうになっていた。
トイレ以外、自分の部屋から出ようとせず、それも家に姉しかいないタイミングか、私と母が眠る深夜だけだった。
姉は自室の扉に鍵をかけ、布団を深く被り必死に世界を拒絶した。
――■■■■さん、可哀想だね。
何度その言葉を聞いたかは分からない。
「可哀想」という言葉を発するときの人型の肉塊は酷くおぞましく、自己満足という名前の油で汚れていた。
結局、誰も姉を助けようとはしなかった。私を含めた、誰も。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は12月27日、もしくは1月3日ごろの予定です。