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広間には私とエマだけが残った。
その理由は単純で、私たちは朝食がまだだったのだ。
死体の入った革袋と同じ空間で食事をすることにいくらかの抵抗があった
でも、食器を部屋まで運び、食べ終えたら厨房に持って行くのも面倒だ。
お願いしたらメアリかルーシーが運んでくれたかもしれないが、彼女たちにこれ以上の負担を強いるのも気が引ける。
「これでいいのかな?」
固いパンを野菜のスープに浸しながら、エマに疑問を口にする。
「何が?」
「ルーシーとメアリさんたちのこと」
嵐が収まったら助けを呼びに行く、というユリウスの提案は最もなものだ。
でも、何かの解決を示したわけでもない。
この屋敷の所有者だった貴族は、一族から〈人喰い〉が出たことが発覚して没落した。
支配が貴族から教会に移ったことで町は文化と誇りを失い、衰退したのかもしれない。
そして、最近となっては、金に目をくらませた教会のせいで、市民はオルソン商会に食い物にされている。
私はこの町の歴史についてさほど詳しくはないけど、そんな歴史や事情と、屋敷に現れた〈人喰い〉を結びつける人がいても不思議ではないと思う。
また、あの屋敷から〈人喰い〉が出た……と。
もしかすると、この屋敷で暮らすメアリと子供たちの生活は厳しいものになるかもしれない。
「良くはないでしょうね」
エマは退屈そうに欠伸をする。
「可哀想だと思うの?」
「うん、思うよ」
「そう。いつものケイトね」
エマ以外に言われたら、皮肉を言われたのだと腹を立てるかもしれないが、彼女はただ事実を言っているだけだ。
私はいつも誰かを「可哀想」と思う。
そして、何もしない。
何もできない。
私の「可哀想」という感情には、銅貨一枚の価値もないのだろう。
「女の人の死体の残りを、代わりにするのはどうだろう。そうしたら、エマの損害はなかったことになる」
危ない橋ではある。
でも、不可能ではないし、エマにも相応のメリットがある。
女の人は行方不明ということにしてしまえばいい。
嵐の中、荒野を放浪して死んでしまった。
ありえそうな話ではある。
「男の死体と女の死体をすり替えるのはさすがに無理があるわ」
「だよね。あの死体が男の人だったら良かったのに」
今まで試したことはないが、解体の際に多少の「加工」を施すこと自体は難しくなさそうに思える。
顔を傷つけて人相を分かりづらくしたり、切断する位置を調整して体格を誤魔化したり程度であれば、私でもできそうだ。
余分な肉は内臓に混ぜてしまえばそう簡単には見つからない。
でも、子供を大人のように見せたり、女性の身体的特徴を潰して男のようにするのは素人には無理だろう。
もしかしたら、そういう「加工」を生業にしている〈死体拾い〉がいるのかもしれないが、そういう部分に探りを入れたところで幸福が見つかるはずもないので、深く考えたことはない。
「ケイトはルーシーたちを助けたいの?」
「どうかな。私には誰かを助けられるような力はないから」
みんなが幸せになればいいのに、と願うことはある。
その反対も。
でも、そういった願いを叶えようとは思ったことはない。
私は自分が無力であると知っている。
誰かの人生を変えるような能力もなければ気力もない。
願えば叶う。
そう信じていた無知な時代もあったかもしれない。
でも、中途半端に大人となった今は、ただ考えるだけだ。
そして、なるようになった結末を諦観で受け入れたり、惨めにも受け入れられなかったりする。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は10月28日(土)ごろです。




