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その死体が見つかったのは早朝のことだったという。
発見したのは屋敷の子供の一人だ。
男の子は夜明けごろ、外の様子を見に行った。
「一度話したことがある男の子だったけど、名前を忘れてしまったわ」
「それなら、トーマスかな」
「その子よ。よく分かったわね」
エマは驚いた顔をしたけど、本当にたいしたことではない。
私とエマが名前を教えてもらった子供は、ルーシーとあの黒い瞳の男の子だけで、それを彼女が忘れているだけなのだから。
外に出たトーマスは納屋の前で、何かに躓いて転んだ。
女の死体だった。
それを見たトーマスは大きな声を上げ、彼の甲高い悲鳴は屋敷中に響いた。
しばらくして、エマや大人たちが外に駆けつけた。
「なかなか酷い有様だったわよ」
エマは淡々と言う。
「死体のたいていは不幸だけど、その中でもとびっきりの不幸かもしれない」
死体についてより正確に表現するのであれば、『食べ残し』だったという。
死体は上半身のほとんどを失っていて、残った胸から上は鎖骨と上腕が皮一枚で繋がっているような状態だった。
残りの下半分は少し離れた場所で泥に埋もれて見つかった。
「お腹に火薬を詰めて、爆発させたらあんな感じになるかもしれない。妹がそういう遊びが好きだったの。もちろん人ではやらなかったけど……」
自分の顔が険しいものになるのを感じる。
「ありがとう。死体の様子を上手に想像できたよ」
トーマスがどうして嵐の中、屋敷を抜け出して外に出たのかは分からない。
彼は酷く動揺していて、話が聞ける状態ではないそうだ。
〈人喰い〉に出会さなかったのはトーマスにとっての幸運だろう。
襲われたのは彼自身だったかもしれない。
……もしくは、トーマスは〈人喰い〉の正体を見たのかもしれない。
それは彼の言葉を喪失させるのに十分な衝撃だった。
そうも考えられる。
広間に到着する。
テーブルを挟んで大人たちが青い顔をしていた。
入り口のところに革袋が一つ、膨らんだ状態で置いてある。
一つ分しか残らなかったということだろう。
人が集合するということは、何かを議論する必要があるのだろう。
もしくは、誰かが何か文句を言いたいのだ。
「お待たせしました」
「どうして来なかった」
ジョセフの口調には非難する声色があった。
責任ある年長者の対応として、私の態度に一言くらい言っておきたい気持ちは分からなくもない。
眠りが深いんです、と適当にいた。
「ど、どうするんだこれ。大事だぞ!」
アランは青い顔をしてほとんど叫んだいた。
「人が一人死んだくらいで騒ぎ過ぎだ」
ジョセフが呆れた顔をしたが、その態度はいくらか強がりに見えた。
「お前の商売で何人が死んだと思ってる。それに比べたらたいしたことじゃない」
アランは言い返さなかった。
言い返す余裕がないのかもしれない。
昨日まで暇そうに酒を飲んでいた男が、酷い慌てようだった。
どうやら〈人喰い〉に対する恐怖を肌で感じ始めたらしい。
「あの人は誰なのかしら」
エマがのんびりとした口調で言う。
彼女の視線はテーブルの上の黒い小袋に向けられていた。
布製で、口のところに紐が縫い付けられ、縛れるようになっている。
「これは何?」
「死体が持っていたものだよ」
ユリウスが答える。
「財布のようだ」
手に取って中身を見てみる。
銅貨と銀貨が数枚入っていた。
「どなたかは存じませんが、きっと町の人でしょう」
メアリが言った。
私は周囲を見る。
私以外の人は死体の顔を見たはずだが、誰も心当たりがないらしい。
それとも頭の損傷も酷いのだろうか。
青い顔をしている大人たちにそのことを聞くのははばかられたので、小声でエマに耳打ちする。
「君は心当たりがないの?」
エマは首を傾げた。
「ないわ」
そっか、と私もエマにならって首を捻る。
でも、私は死体の正体に思い当たる節があった。
あの革袋の中の女は、私とエマが革袋にした男の妻ではないだろうか。
船が出ていないことを知って、男の死体を取り戻しに来たのかもしれない。
町以外で宿泊できるような施設はそう多くはない。
家にある銅貨と銀貨をかき集めて、この屋敷にやってきた。
彼女にとって不幸だったのは、ここに〈人喰い〉が潜んでいたのを知らなかったことだろう。
「〈人喰い〉はこんなに頻繁に肉を食うものなのかな……」
ユリウスが青い顔で言った。
「〈人喰い〉によるでしょうね」
エマは『食べ残し』の入った革袋の方に視線を移す。
「でも、食欲が強い〈人喰い〉ほど末期であることが多いわ」
がたん、という音が響く。
アランが勢い良く立ち上がったのだ。
「今すぐにでも町に助けを呼びに行くべきだ。俺が行く。馬を貸してくれ」
「馬はいません」
「なんだと」
アランがヒステリックな声を上げて睨んだからだろう。
メアリは表情を強張らせながら言葉を続ける。
「私たちは教会に馬や船を持つことを禁じられているのです」
そんなことあるのだろうか。
あるかもしれない。
教会は意味もなく制限をかけるものだ。
そうやって適当な『戒律』を作ることで人々を抑圧し、支配しようとしているのだろう。
「それなら……歩いていく」
「この嵐で? 無茶だ」
ジョセフが首を振る。
「俺に指図するんじゃない!」
アランが叫ぶと、みんな黙った。
アランはさらに大きく口を開けたが、それ以上の怒声は続かない。
彼自身、困惑しているのだろう。
あまり冷静な判断ができていないのかもしれない。
「ラジオによると、今夜にも嵐は収まるみたいだ」
ユリウスが言った。
まるで、兄の犯した粗相を尻拭いするような申し訳ない顔をしていた。
「そのラジオ、信用できるの?」
エマが本気で嫌そうな顔をした。
「分からない。でも、この嵐の中、歩いて行くのは無理がある。町まで二、三時間はかかるんだ。危険は〈人喰い〉だけじゃない。そうだろう?」
ユリウスはアランをじっと見る。
顎髭の商人はそれに気圧されるように椅子に腰を下ろした。
「明日、嵐が収まったら、町に助けを呼ぼう」
言いながら、ユリウスは気まずそうに視線を逸らす。
メアリの肩がびくりと跳ねた。
「それでいいのか?」
ジョセフがメアリに聞く。
メアリは花がしおれるように頷いた。
「人の命がかかっていますから……仕方ありません」
読んでいただきありがとうございます。
今週の土日はおでかけするので、次の更新は10月24日(火)ごろです。




