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誰かの記憶を夢に見た。
もしくは願いだったかもしれない。
それを思い出そうとしてすぐに諦めた。
私は眠っている間に見た夢をあまり覚えていない。
印象的な夢や酷い悪夢ならともかく、たいていは目を覚ますと同時に霧散してしまう。
今日、私が見た夢はきっとありふれた退屈なものだったのだろう。
木戸を雨風が強く叩いていた。
この屋敷での生活は今日で三日目だ。
相変わらずの酷い天気で、このまま世界は嵐に飲まれて滅亡してしまうと言われたら信じてしまいそうだった。
ベッドの上で伸びをする。
部屋にエマの姿はなかった。
もう起きているらしい。
厨房に何か食べ物をねだりに行ったのかもしれない。
ポーチに残っていたはずの干した橙は破片すらなかった。
こんな状況だというのに、熟睡してしまっていたようだ。
私という人間の精神は自分で思っていた以上に強度があったのかもしれない。
もしくは、事態を心のどこかで他人事のように思っているのかもしれない。
もし、メアリやルーシーの身に酷いことがあったら……なんて想像をすると、胸が苦しくなる。
その一方で、いてもたってもいられないという落ち着きのなさを感じることはなかった。
事が終わり、数日もすれば記憶は風化し、何事もなく日常に戻れるという自信と確信があった。
今までに〈死体拾い〉を通して見たいくつもの不幸に対して、そうであったように。
私が胸に抱える「心配」は、小説やドラマの中で登場人物の身に不幸が降り注ぐのを見るのと同じ気持ちなのかもしれない。
自分の身が削れることがない限り、私は不幸というものに対して鈍感なのだろう。
その癖、自分の身に危害が及ぶとこの世の終わりかのように動揺する。
どうしようもないな、と思う。
でも、そんな私を私はどうすることもできない。
私の身体に生じた痛みは、他の誰かが訴える「痛い」よりもはるかに痛く感じてしまうのだから。
コツコツという靴が廊下を叩く軽い音が響く。
エマの足音だ、と気づくと同時に部屋の鍵が開く。
現れた少女は黒い外套に身を包み、ずぶ濡れだった。
「どうしたの? 散歩?」
エマは呆れた顔をした。
「あの騒ぎで起きないなら、この屋敷が潰れても寝ていそうね」
新しい死体が見つかったのよ、とエマは言う。
どうしてか〈死体拾い〉は楽しげではなかった。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は10月17日(火)ごろです。




