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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
3.信仰を爪先で蹴り上げる
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18

 広間を抜け、外に出る。

 激しい雨のせいで、地面は酷くぬかるんでいた。


 風が急かすように私とエマの背中を押す。

 シャワーは一日に一人一回までよ、とルーシーから念押されている。

 転ばないように気をつけながら納戸を目指した。


 納屋の引き戸を開ける。

 革袋は六つ、建物の隅にあった。


「無事みたいだね」

「どうかしら。少し変よ。袋の膨らみ方が……」


 エマは革袋の口を開け、中身を確認する。

 死臭と血生臭さが混じった匂いが納戸の中に立ちこめたが、中をよく見ると死体が入っているのは六つのうち二つだけだった。

 それ以外の四つには石や泥が詰まっている。


「……まともに残っているのは内臓だけね」


 泥の中には人骨らしき白い物体やや人毛らしきものがところろどころ覗いていた。

 食べづらいのか、骨や体毛を残す〈人喰い〉は多い。

 死体の残骸を泥と混ぜて体積を増やし、隠蔽を計ったのだろう。


 〈人喰い〉は人間だったころの生活を維持しようとする傾向にある。

 事態の発覚を避けるため、隠蔽工作をすることも少なくない。


 エマは革袋の中から、大きな塊を引きずり出した。

 エマが泥を拭うと、人間の頭蓋が浮かび上がる。


 顔の周りについていた肉は綺麗にそぎ落とされ、頭頂部にあったはずの骨の蓋はない。

 頭の中には脳があったはずだが、今は代わりに泥が詰まっていた。

 蓋をこじ開けられ、中身を食べられてしまったのだろう。

 瓶詰めのジャムを舐め取るようにして。


「なんてこと」


 エマは頭蓋を両手に抱え、感傷を唇の隙間から吐き出す。

 泣いてはいなかったが、いつ涙が目からこぼれ落ちても不思議ではないほど悲壮感に溢れていた。

 大切に育てていた花を手折られた少女のようだ。


 死体に触れる白い〈死体拾い〉は繊細で美しい。

 でも、今の私は落ち着いた気持ちで彼女を見てはいられなかった。


 エマから視線を逸らし、外の様子を見る。

 雨が叩きつけるように降っていた。

 風が吹くと、地面が海のように波打つ。

 世界が泥の海に覆われているようだった。


「〈人喰い〉はどうして全部持って行かなかったのかしら」


 背中から聞こえた声に振り返らず返事をする。


「食べきれなかったのかもしれない」


 平均的な〈人喰い〉の一回の食事は革袋二つから三つだ。

 四つは多いが、異常というほどでもない。


「ここで食事をしたのか、それとも……」


 昨晩、納戸の付近で何かが起きていても、雨のせいで手がかりは消えてしまっているだろう。


「これから、どうする?」


 なくなってしまって残念だ、で済ませるには死体は高価だ。

 教会は死体を厳しく管理している。

 死体の紛失を隠し通すことは難しい。

 〈人喰い〉の仕業であることは疑いようがないから、私とエマが罪に問われるようなことはないだろう。

 でも、損失の補填を命じられることにはなる。


「メアリを探しましょう」

「死体がなくなったこと、メアリさんに言うの?」

「ええ、そのつもりよ」

「黙っておいた方がいいと思うけど……」


 〈人喰い〉の存在を知ったら、メアリやルーシー、子供たちは動揺するだろう。

 商人たちやあの傭兵も。


 嵐で閉じ込められた孤児院。


 そんな閉鎖された空間で、余計なトラブルに巻き込まれるのはできるだけ避けたい。

 嵐が過ぎ去ってから教会に報告するというのが無難だ。

 わざわざ過程をややこしくする必要はない。


「そうね。その方が安全だわ。でも、死体がなくなったままなのは私の気分が許さないの。何かしないと落ち着かない」


 エマは赤い瞳を怪しく光らせる。


「ケイト、人の物を勝手に食べるのは失礼なことなの」

「うん。君がそのことに気づいてくれて良かったよ」


 私はエマを説得するのを諦めた。死人を愛する彼女にとって、あの革袋の中身はできたばかりの恋人のようなものなのだ。

 恋人を盗み食いされたら怒るのも仕方ない。


 あんな汚らしい男でなかったら、そう割り切れたかもしれない。

読んでいただきありがとうございます。

次の更新は9月30日(土)です。

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