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最悪の目覚めだった。
口の中が血生臭く、喉に冷えて固くなった油の膜が張りついている。
歯の裏を舌でなぞると、生の肉のカスが舌の上で踊った。
もちろん錯覚だ。
私は昨日の晩から何も口にしていない。
水を飲もうとベッドの脇にある棚を見ると、ポーチの位置が変わっていた。
中身を確認すると、乾燥させた橙のいくつかが姿を消していた。
エマの方を見る。
「人の物を勝手に食べるのはマナー違反だよ」
「一体何のことを言っているのか分からないわ」
私の虎の子は、どうやら私が眠っている間にエマの朝食になってしまったらしい。
エマは早起きだ。
日が昇るのと同じくらい早く目を覚ますから、彼女の前世は鳥だったのかもしれない。もしそうだったら、カラスかワシだろう。
水差しの中身をコップに移し、一気に飲み干す。
水で洗い流しても、まだ血の生臭さと人の肉の感触が口の中に残っていた。
「もう少し眠っていても良かったのに」
「どうして?」
「死体が苦しんでいるみたいで、素敵だったから」
私は顔をしかめる。寝顔をつまみにされていたらしい。
「ずいぶんとうなされていたみたいだけど、〈人喰い〉の夢を見たの?」
少し迷ったが、頷いておいた。
隠していても仕方がない。
私には〈人喰い〉を感知する能力がある。
「感知」といっても近くにいるかどうか朧気に分かる程度のもので、あまり役に立つことはない。
人が集まる場所には〈人喰い〉が一人か二人いても不思議ではないからだ。
厄介なのは感知の仕方だ。
〈人喰い〉が周囲にいる夜、私は彼らの意識や記憶を夢として見る。
〈人喰い〉はたいてい酷く飢えているし、彼らが口にするのは人の肉だ。
空腹は苦痛だし、私に食人の趣味はない。だから、悪夢としては最悪の部類に入る。
「納戸の荷物を確認した方がいいかもしれないわね」
エマは立ち上がり、顔をしかめた。
「昨日の深夜、喉が渇いて目が覚めたのだけど、納戸の方角で人の気配がする気がしたの。雨でよく聞こえなかったけど、もしかしたら……」
本当はそのとき確認しにいきたかったのかもしれない。
夜、異変を確認するために一人で外に出るのは、氾濫した川の様子を確認しに行くのと同程度には自殺行為だ。
もし、〈人喰い〉にばったり出会してしまったら、私たちは彼らの食事に付き合う以外の選択肢がない。
もちろん、食材として。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は9月26日(火)です。




