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部屋のベッドで横になってぼんやりしていると、アルコールの匂いを鼻に感じた。
いつのまにかエマの手に湯気を立たせた陶器製のカップがあった。
中身は温めたワインだろう。
「君はいつもお酒だけ飲んでいるけど、それだと内臓を痛めるよ。何かつまんだ方がいい」
「つまめる何かがあるの?」
ないこともない。
「少し待ってて。持ってくるから」
「どこから?」
「納屋から」
死体袋と一緒に納屋にしまってあるポーチには干して乾燥させた橙がある。
私の虎の子で、エマに見つからないように隠しておいたのだが、少しくらいなら分けてあげてもいい。
「今日はずいぶんと気前がいいのね」
「きっと機嫌がいいんだ」
適当な嘘をつくと、エマは首を傾げた。
「こんな嵐なのに?」
広間を通り抜ける。
夜が更けている。広間に人の姿はなく、暖炉の火は消えていた。
壁にかけられた時計は十時を差している。
外に出る。
雨はすっかり本格的なものになっていて、風も強い。
泥に足を取られないように気をつけながら納屋を目指す。
幸い、私は夜目が利く方だ。
雨に打たれながら納屋の重たい鉄製の扉を開け、ポーチを取り出す。
背後で何か気配がした。
私は警戒芯を強め、振り返る。
物陰にいるのか、人の姿は見えない。
けれど、そこには確かに誰か人の気配があった。
「酷い夜ですね」
体調が悪いのだろうか。ぜーぜー、と苦しそうな呼吸音が聞こえてくる。
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部屋に戻ると、エマはすでに半分以上ワインを飲んでいた。
「遅かったわね」
ずぶ濡れの私を見て、エマはタオルを渡してくれた。
それを受け取って、代わりに橙の入ったポーチを彼女に差し出した。
タオルを顔に押し付けるとエマの髪の匂いがした。
「嵐、すっかり酷くなっていたよ」
「そう」
エマは上の空で橙を口に頬張っていた。
ずいぶんと気に入ったらしい。
食べ尽くされないように注意しないといけない。
その晩、私は夢を見た。
自分が〈人喰い〉となって、死体袋を漁る夢だ。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は9月23日(土)ごろです。→お出かけするので9月24日(日)に更新します。




