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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
3.信仰を爪先で蹴り上げる
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 ジャガイモを食べ終えた私たちは暖炉の前から解散した。

 ルーシーは仕事に戻る前に、明日も明後日も嵐が続くとラジオで言っていたと教えてくれた。


 エマは夕食まで部屋で一眠りするようで、欠伸をしながら広間から出て行った。

 エマにはもう十分一緒にいてもらった。

 これ以上引き留めるのは私のわがままになるだろう。


 特にやることがないので、ゆらゆらと揺れる炎を眺めながら時間を潰す。

 暇なので上着のポケットから手帳と鉛筆を取り出し、絵を描いた。


 母親と少女が机を挟んで向かい合う絵だ。


 ルーシーに父親はいないようだ。

 会話の中に父親の存在感が少しも感じられなかった。

 もしかすると、ルーシーの物心が着いたころには父親はいなくなっていたのかもしれない。


 母親だけで子供を育てるのは、大変な苦労だろう。

 私と姉の母親は、同世代の女性よりもずっと老けて見えた。

 子供二人を育てるのでさえそうなのに、メアリはたくさんの子供の面倒を見なくてはならない。


 この屋敷にはどれくらいの子供がいるのだろう。

 教会の支援があったとしても、女手一つで孤児院を運営をするのは簡単なことではない。

 どういう経緯で彼女が孤児院を担うことになったのかは分からないが、娘であるルーシーの手伝いがなければメアリは潰れていたかもしれない。


 ルーシーはこのまま、この屋敷での生活を続けるのだろうか。


 ルーシーはまだ幼い。

 だから、母親のいるこの屋敷を一番大事に思っている。

 でも、ルーシーがもう少し成長して、見聞を広げたらどうだろう。

 彼女は学校に行きたいと言い出すかもしれない。

 旅に出ることを夢に見るかもしれない。


 そうなったら、メアリとルーシーは言い争いをし、関係が悪化することだろう。

 彼女はこの屋敷を飛び出してどこかへと行ってしまう。

 でも、世間知らずの少女が何の代償も払わずに生きていけるほど世界は甘くない。

 彼女は身を削って生きていくことになるだろう。


 白い紙に浮かぶ少女は、いつの間にか薄汚れていた。

 酷い八つ当たりだ、と私は薄く笑う。


 その一方で、私の頭はメアリとルーシーの幸せを願っていた。

 あの苦労を表情に滲ませた淑女と無垢な少女がいつまでも幸せに暮らせればいいのに、と心の底から思う。

 本当に勝手で、都合がいい脳みそだ。


 でも、どうしても……『幸せな母と子』の姿が思い描けない。

 今までも何度か、母と子を描くことをあった。

 町で仲良さそうに手を繋ぐ親子を見かけると、幸せな気持ちになって絵の題材にしようと思い立つ。

 でも、私が絵を描くと、子供は必ず汚らしい灰色に染まるのだ。


 きっと、私自身が幸せな母親と子供を知らないからだろう。


 私にとって、母親との関係は足枷以外の何物でもなかった。

 もしかすると、生涯その認識が変わることはなく、私は死ぬのかもしない。

 もしそうなら酷く悲しい人生だと思う。

 でも、私はその不幸を受け入れる準備をとっくに済ませている。

読んでいただきありがとうございます。

次の更新は9月9日(土)です。

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