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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
3.信仰を爪先で蹴り上げる
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 厨房のルーシーにジャガイモと干し肉を渡しに行くと、彼女は無邪気な笑顔で「一緒に食べよ」と言って厨房を出て行った。

 メアリの方を見る。


「お邪魔でなければ相手をしてやってください。私は仕事でなかなか構ってあげられないので……」

「大丈夫ですよ」


 メアリは自分の娘が〈死体拾い〉と行動を共にするの嫌な顔をしないらしい。

 人格者か……もしくは変わった人なのだろう。


「でも、もし、娘が外に出ようとしていたら私に教えてください」

「分かりました。外は危ないですからね」

「ええ、それもあるのですが」

 メアリは曖昧な顔をする。

「ふらっとどこかに言ってしまいそうな子なんです。心配で心配で……」


 確かに、ルーシーは人懐っこく好奇心が強そうだった。

 こんな活発な女の子が、家の仕事に縛られているのは可哀想だ……と思うのは余計なお世話だろうか。


 広間に戻るとエマはすでに持ち分二つうちの一つを食べ終えていた。

 ずいぶんと気に入ったようでで、もう一つに手を伸ばしながら私のジャガイモを見ていた。

 私がそっとエマの視界からジャガイモを逃がすと、彼女は残念そうに目を細める。


「一緒に食べることになったんだ」

「ルーシーです」


 私はエマが嫌な顔をしないか少し心配だったが、彼女は「そう」と言うだけでルーシーの同席に何も言わなかった。

 孤児院に寄付をしているという話はもしかすると本当なのかもしれない。


 ルーシー、私、エマの順に三人で暖炉の前に並んで座る。

 ほくほくしたジャガイモと塩気の強いチーズの相性はとても良かった。


「ケイトって、こういう雑な料理を作るのは得意よね」

「それなりにちゃんとした料理も作れるよ。作る機会がないだけで」


 私とエマはたいてい車の中か宿にいる。

 厨房に立つ機会はないし、必要な材料が揃うことも稀だ。

 この国で胡椒や唐辛子などの香辛料が手に入ることは少なく、塩を利かせるか香草を入れる程度の素朴な味付けばかりになる。


「ケイトは何が得意料理なの?」


 ルーシーが無邪気な瞳を私に向ける。

「カレーとか。よく姉と作った」

「カレー?」

「香辛料をたくさん使う辛いスープ……というと高級品に聞こえるかもしれないけど、私の住んでいた地域だと香辛料が安かったんだ」

「南に住んでたの?」

「まあそんな感じ」


 ルーシーは身を乗り出してエマに顔を向ける。


「エマさんは?」


 どうして私は呼び捨てで、エマは「さん」付けなのだろう。

 不可解だったが、気にしないでおいた。

 そのエマはというと、干し肉をかじりながらルーシーのジャガイモを卑しく見つめていた

 その目をそっと視線を暖炉の炎へと逸らす。


「クッキーとかパイなら作ったことはあるけど」

「…………へぇ」


 ルーシーはエマをまじまじと見る。

 彼女の言いたいことは分かる。

 愛想のかけらも感じさせないエマが生地をこね、釜戸の火加減に気を配りするる姿は想像しづらい。


「ルーシーはエマが怖くなの?」

「怖そうなお姉さんだとは思う」


 私は思わず吹き出す。

 エマが肘で私の脇腹を小突いた。かなり的確な攻撃で結構痛い。私はお腹を押さえながら苦笑する。


「エマはルーシーくらいの年の子から、すごく怖がられるんだ」


 もちろん大人であっても〈死体拾い〉を忌避するが、エマは子供を怖がらせる特別なオーラのようなものがあるのだろう。

 彼女が町を歩くと赤ん坊が泣く。


 きっと、エマが死を感じさせるせいだろう。

 誰だって死ぬのは恐ろしい。

 死を恐れないのは屈強な戦士と、盲目な女神の信徒くらいなものだ。


 ルーシーがエマをあまり怖がらないのは、宿屋の娘という立場のせいだろうか。

 宿には色々な客が来る。

 その中には〈死体拾い〉のような人種もいたのかもしれない。


「ケイトのお姉さんはどんな人なの?」

「身内贔屓もあるだろうけど、美人だよ。それに優しい。傷ついている人を見ると、その人と同じくらい悲しい気持ちになれる人だ」

「理想のお姉さんだね」

「かもしれない」


 私は柔らかく笑う。

 その私の笑みにエマは冷めた視線を送っていた。

 私の笑みはエマからしてみれば詐欺師と変わらない。

 事実、私は嘘付きで、その嘘はルーシーのような子供にも容赦なく向けられる。


 仕方がないでしょ、と内心で反論する。


 今日会ったばかりの幼い少女に、「私の姉は陸地で生きようと必死な魚みたいなやつだった」なんて言っても仕方がないし意味がない。

 同情なんてされたくないし、親しくもない誰かの心の重荷になんてなって欲しくもない。


 確かに私の姉は美しかったし優しかった。

 けれど、そんな姉の性質は生きるのに向いていない。

 姉は優しくとも、世界は姉に優しくはなかった。

 純白の羽毛でできた姉の心は擦り切れて汚れて、どこかへ遠くへ行ってしまった。


「私には妹がいたわ。昔の話だけど」


 今まで黙々と口を動かしていたエマが言った。


「……初めて聞いた」


 私は少なからず驚いていた。


「言ってなかったもの」

「美人なの?」


 ルーシーが聞く。エマは薄く笑う。彼女らしくない優しい笑みだった。


「私よりも」


 宿屋の幼い従業員は首を傾げた。

 私もルーシーの内心は分かる。

 エマ以上の美人を私は人生で見たことがない。


「でも、優しい子ではなかったわね。鳥や猫に石を投げて遊ぶような子だったから。両親は妹のお転婆なところに頭を抱えていたわ」


 普段と変わらない淡々とした口調だったが、私は彼女の声色にわずかに郷愁を感じさせた。



読んでいただきありがとうございます。

次の更新は9月5日(火)ごろです。

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