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水場を借りてジャガイモを洗う。
その様子を背の高いブロンドの髪の少女が黒い瞳で見つめていた。
幼い子供でなくて少し安心する。
「こんにちは。私はケイト。君のお名前は?」
「ルーシーよ」
「綺麗な響きの名前だね」
ルーシーは手伝いを申し出た。
私はチップとしてジャガイモを一つ譲る約束をする。
並んで立つと、ブロンドの少女は私よりも少し背が高かった。
「お姉さん、いくつ?」
「十六」
「やっぱりお姉さんだった。私は十二歳」
同い年くらいに思っていたから、少し驚いた。
そう言われてみると、顔立ちがどことなく幼いようにも思える。
「背、高いね」
「お父さん譲りよ。会ったことないけど」
そうなんだ、とできるだけ何でもないことのように聞き流す。
触れづらい会話に対しての無難な態度は、旅に出てから身につけた処世術だ。
「孤児院って聞いたけど、君が一番お姉さんだったりするの?」
「今はね。あたしよりも大人になった途端、みんないなくなっちゃうから……」
ルーシーは不満そうに唇を尖らせる。
「〈海の中の丘〉に残る人は少ないの。町にはなんでもあるけど、何もないから。海を渡って外に出れば何か良いことに出会えるかもって、大人になった人たちは思うのかもね。外ってそんなに魅力的なところのなのかな?」
「なんとも言えない」
私は正直に答える。
聡明そうなルーシーに誤魔化しを言っても仕方ないと思ったからだ。
「私はこの国の全部を見たわけではないけど、特別豊かな町なんてなかったよ。たいていどこも一緒だった。南部はいいって言う人もいるけど、本当かは分からない」
「ふぅん……そっか。なら、私は大人になってもここで働こうかな」
ルーシーは失望半分、納得半分という顔で頷く。
「お料理を運ぶのと掃除とお皿洗いがあたしの仕事なの。お姉さんたちのお部屋を掃除したのもあたしよ」
「とても綺麗な部屋だったよ」
干し肉も一つ譲ると言うと彼女は喜んだ。
「お姉さんたちは……お友達?」
私たちは少しも姉妹には見えないだろう。
私はエマのような銀色の髪ではないし、美しい顔立ちをしていない。
消去法的に考えれば、友達と呼ぶしかないだろう。
でも、エマから友情のようなものを感じたことはない。
「どうかな。あのお姉さんは魔女なんだ」
え、とルーシーは目を見開いた。
「やっぱりそうなんだ」
「うん。私は弟子というか、お手伝いさんみたいなものかな。あのお姉さんは魔法の研究のために旅をしている」
「お姉さんは?」
「私は姉を探すために旅をしてる」
「旅かあ」
ルーシーは遠い目をした。
「ルーシーは旅してみたい?」
「ううん。ママが一人になっちゃうから。ママ、あたしと一緒じゃないと寂しくて夜も眠れないのよ」
「お母さんと一緒に出かければいいじゃないか」
「それもだめ。だって、ちびたちのお世話ががあるもの」
ルーシーは大人びた顔で言った。
深く考えたことはなかったが、自由に旅ができる身分というのも珍しいのかもしれない。
たいていの人はその土地に根を張り、一生を過ごす。
私も家を飛び出さなかったら、そういう人生だったかもしれない。
「あたし、町の学校にも行ってないのよ。ママのせいで」
ルーシーは満面の笑顔でそう言った。
まるで、そうであることが心の底から嬉しいかのように。
土地を治める領主の方針次第ではあるが、少なくとも教会の管轄では教育は義務ではない。
でも、たいていの子は学校に通いたがるものだ。
人の家庭のことだから口を出すことではない。
でも、この母子は話を聞く限りは少し依存が強いように感じた。
「お母さんと仲良いんだね」
探るようにそう言う。
「もちろん」
明るい返事が返ってきた。
私の想像はもしかするとそれはただの錯覚、もしくは邪推かもしれない。
私は仲の良い母と子というものに対して、ある種のアレルギーがある。
「お姉さんたち、ここを出たらどこに行くの?」
「海を渡って……そのあとは決まってない」
死体を届けに行くのだが、ジャガイモを洗いながら血生臭い話をする必要もないだろう。
「ケイトのお姉さん、見つかるといいね」
「ありがとう」
私はルーシーの素直な祝福の心からの感謝を返した。
ルーシーと別れ、ジャガイモを暖炉のある広間へと持って行くと、ワインを飲むエマの姿があった。
すでにかなり飲んでいるのだろう。白い肌がほのかに朱色に染まっていた。
「誰が魔女よ」
聞こえていたらしい。
「似たようなものじゃないか」
「一応、女神の信徒なのだけど」
「だったら、もっと祝福すべきだよ」
「何を?」
「誰かの幸せを」
「毎月、孤児院に寄付をしているわ。ここではないけど」
その告白に私は軽い衝撃を受け、思わず仰けぞる。
「それって投資のため? 長く生きて苦しんだ方がいい死体になるとか……」
「地獄に墜ちなさい」
エマは唇から短く息を吐き出し、酒杯に口をつける。
エマはやはり魔女の方が相応しいように思えた。
彼女の唇から生まれるのは祝福よりは呪詛がずっと似合う。
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次の更新は8月29日(火)ごろです。




