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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
3.信仰を爪先で蹴り上げる
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 水場を借りてジャガイモを洗う。

 その様子を背の高いブロンドの髪の少女が黒い瞳で見つめていた。

 幼い子供でなくて少し安心する。


「こんにちは。私はケイト。君のお名前は?」

「ルーシーよ」

「綺麗な響きの名前だね」


 ルーシーは手伝いを申し出た。

 私はチップとしてジャガイモを一つ譲る約束をする。


 並んで立つと、ブロンドの少女は私よりも少し背が高かった。


「お姉さん、いくつ?」

「十六」

「やっぱりお姉さんだった。私は十二歳」


 同い年くらいに思っていたから、少し驚いた。

 そう言われてみると、顔立ちがどことなく幼いようにも思える。


「背、高いね」

「お父さん譲りよ。会ったことないけど」


 そうなんだ、とできるだけ何でもないことのように聞き流す。

 触れづらい会話に対しての無難な態度は、旅に出てから身につけた処世術だ。


「孤児院って聞いたけど、君が一番お姉さんだったりするの?」

「今はね。あたしよりも大人になった途端、みんないなくなっちゃうから……」

 ルーシーは不満そうに唇を尖らせる。

「〈海の中の丘〉に残る人は少ないの。町にはなんでもあるけど、何もないから。海を渡って外に出れば何か良いことに出会えるかもって、大人になった人たちは思うのかもね。外ってそんなに魅力的なところのなのかな?」

「なんとも言えない」


 私は正直に答える。

 聡明そうなルーシーに誤魔化しを言っても仕方ないと思ったからだ。


「私はこの国の全部を見たわけではないけど、特別豊かな町なんてなかったよ。たいていどこも一緒だった。南部はいいって言う人もいるけど、本当かは分からない」

「ふぅん……そっか。なら、私は大人になってもここで働こうかな」


 ルーシーは失望半分、納得半分という顔で頷く。


「お料理を運ぶのと掃除とお皿洗いがあたしの仕事なの。お姉さんたちのお部屋を掃除したのもあたしよ」

「とても綺麗な部屋だったよ」


 干し肉も一つ譲ると言うと彼女は喜んだ。


「お姉さんたちは……お友達?」


 私たちは少しも姉妹には見えないだろう。

 私はエマのような銀色の髪ではないし、美しい顔立ちをしていない。

 消去法的に考えれば、友達と呼ぶしかないだろう。

 でも、エマから友情のようなものを感じたことはない。


「どうかな。あのお姉さんは魔女なんだ」


 え、とルーシーは目を見開いた。


「やっぱりそうなんだ」

「うん。私は弟子というか、お手伝いさんみたいなものかな。あのお姉さんは魔法の研究のために旅をしている」

「お姉さんは?」

「私は姉を探すために旅をしてる」

「旅かあ」


 ルーシーは遠い目をした。


「ルーシーは旅してみたい?」

「ううん。ママが一人になっちゃうから。ママ、あたしと一緒じゃないと寂しくて夜も眠れないのよ」

「お母さんと一緒に出かければいいじゃないか」

「それもだめ。だって、ちびたちのお世話ががあるもの」


 ルーシーは大人びた顔で言った。

 深く考えたことはなかったが、自由に旅ができる身分というのも珍しいのかもしれない。

 たいていの人はその土地に根を張り、一生を過ごす。

 私も家を飛び出さなかったら、そういう人生だったかもしれない。


「あたし、町の学校にも行ってないのよ。ママのせいで」


 ルーシーは満面の笑顔でそう言った。

 まるで、そうであることが心の底から嬉しいかのように。

 土地を治める領主の方針次第ではあるが、少なくとも教会の管轄では教育は義務ではない。

 でも、たいていの子は学校に通いたがるものだ。


 人の家庭のことだから口を出すことではない。

 でも、この母子は話を聞く限りは少し依存が強いように感じた。


「お母さんと仲良いんだね」


 探るようにそう言う。


「もちろん」


 明るい返事が返ってきた。

 私の想像はもしかするとそれはただの錯覚、もしくは邪推かもしれない。

 私は仲の良い母と子というものに対して、ある種のアレルギーがある。


「お姉さんたち、ここを出たらどこに行くの?」

「海を渡って……そのあとは決まってない」


 死体を届けに行くのだが、ジャガイモを洗いながら血生臭い話をする必要もないだろう。


「ケイトのお姉さん、見つかるといいね」

「ありがとう」


 私はルーシーの素直な祝福の心からの感謝を返した。

 ルーシーと別れ、ジャガイモを暖炉のある広間へと持って行くと、ワインを飲むエマの姿があった。

 すでにかなり飲んでいるのだろう。白い肌がほのかに朱色に染まっていた。


「誰が魔女よ」


 聞こえていたらしい。


「似たようなものじゃないか」

「一応、女神の信徒なのだけど」

「だったら、もっと祝福すべきだよ」

「何を?」

「誰かの幸せを」

「毎月、孤児院に寄付をしているわ。ここではないけど」


 その告白に私は軽い衝撃を受け、思わず仰けぞる。


「それって投資のため? 長く生きて苦しんだ方がいい死体になるとか……」

「地獄に墜ちなさい」


 エマは唇から短く息を吐き出し、酒杯に口をつける。

 エマはやはり魔女の方が相応しいように思えた。

 彼女の唇から生まれるのは祝福よりは呪詛がずっと似合う。


読んでいただきありがとうございます。

次の更新は8月29日(火)ごろです。

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