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風が窓を叩いていた。
丈夫な木戸で覆われているから、割れてしまう心配はないだろう。
でも、ばたばたという激しい音はどうしてか私を不安にさせた。
「エマ」
名前を呼ぶと、ベッドの上で毛布にくるまっていたエマの顔がこちらに向く。
「ずっと部屋にいても仕方ないと思うんだ」
「そうかしら」
「少なくとも生産性がない」
「いつもケイトがふらふらどこかに出かけて行くのは、何かを成し得たいからなの?」
むっとしてしまったのは、核心を突かれたからかもしれない。
エマの言う通り、私が部屋に留まっていられないのは時間を浪費しているような気がして、落ち着かないからだ。
私は時間を、人生を、有意義に使えたことが一度もない。
「建物の中を散策しよう。何か情報が得られるかもしれない。メアリさんが言うには、他にも宿泊客がいるみたいだ」
「情報……そうね。情報は大切だわ。あるにこしたことはないものだもの。よろしくね」
エマは頭を私とは反対方向に向ける。
「君は行かないの?」
「嫌よ、知らない人と話すなんて。ケイトは誰とでもすぐ仲良くなれるからいいでしょうけど」
どことなく棘のある言い方だった。
でも、私は別に誰とでも仲良くはなれない。
取り繕うのが多少上手いだけで、付き合いが続けばすぐにぼろが出る。
そういう人間なのだ。
それに私は子供が苦手なのだ。
その点、エマは私の精神安定剤として都合がいい。
彼女は大人でも子供でも老人でも関係なく関心の外なのだから。
「ついてきてくれるだけでいいんだ」
「いつもは一人で外に行くのに……どうして今日に限って強情なのよ」
「外ではなくてここは中だからだよ」
私は食い下がる。
「たまには……今回くらいはいいでしょ」
返事がないのでエマの毛布を引っ張ろうと画策したが、毛布は彼女の細い身体に絡みついてしまっていた。
仕方なく、私はジャガイモの入った袋を鞄から取り出す。
先日寄った町で商人から買ったものだ。
私個人の出費だが、二人で食べるのに十分な量がある。
「広間には暖炉があった。湿った紙でこの芋を包んで暖炉のそばに置いておくと、ふかふかになる」
エマが頭だけをこちらに向ける。
死肉の匂いを嗅ぎつけたカラスのような鋭い視線だった。
夕飯にはまで時間がある。
小腹が空く頃合いっだ。
「チーズもある。少し削って乗せたら塩味が利いて美味しい。干し肉を刻んでもいいかもしれない」
エマは身体に巻き付けていた毛布をマントのように翻す。
ベッドから立ち上がり「たまには出かけるのも悪くないわね。さ、早く」と私の背中を押した。
「うん、ありがとね」
普段は淡々としているくせに、妙に食い意地が張っているのは彼女の長所だ。
そう思うことにしている。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は8月26日(土)ごろです。




