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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
1.地獄のような顔の女
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 アンナは革袋六つに収まった。成人女性の平均的な個数だ。


 革袋には〈治癒〉の加護が施されている。

 もちろん、死体が癒えるようなことはない。腐敗の進行を抑えることが目的だ。

 保存状態や元の腐敗の具合にもよるが、一ヶ月程度は新鮮さを保つことができる。


 だから、アンナの顔は崩れることなく、そのままだ。


      *


 〈ウサギ丘のふもと〉の宿の入り口近くに寄せていた車の車体には、無数の小さな手形がついていた。

 地元の子供が身を乗り出して車の様子を見ていたのだろう。

 地方では馬や牛が引く荷車ではなく、燃料で走る自動車は珍しい。ときどき車の前に子供が集まって見物するのはよくあることだ。


 車のトランクを開ける。

 六つあった革袋はすでに二つになっていて、それが今日出荷される。

 二つのうちの一つは頭だ。


 頭を最後にしたのは、エマの心残りによるものだろう。

 彼女はアンナの頭を手に入れるために色々画策したようだが、結局上手くいかなかった。

 エマは生活に苦労している様子はないが、『骨董品』を収集するほどの余裕はない。


 死体は高価だ。

 頭一つあれば、町は〈人喰い〉の脅威からしばらく逃れられる。

 死体を売ることによる利益の大半は教会が得る。〈死体拾い〉はそのおこぼれを預かっているに過ぎない。

 それでも、飢え死にすることはないし、毎日ワインを飲み、蜂蜜菓子を摘むくらいの余裕はあるのだから、生活にゆとりはある方だろう。

 人は定期的に死ぬし、人が死ぬと悲しむ人がいる。

 〈死体拾い〉は狩りよりも確実性があって、農業よりも安定性があり、何より利益率が高い。


 だから、疎まれるのも、多少は仕方ないのかもしれない。


「おまたせ」


 タイヤの空気圧を確認していると、エマが宿から出てきた。私は手に着いた泥をズボンで拭う。


「死体嫌いのケイトがアンナの顔を気に入るなんて意外だわ」


 死体が嫌いというわけではないが、わざわざ訂正したくなるほど好きでもないので聞き流す。


「気に入ったわけではないよ」

「なら、どうしてアンナの絵を描いたの?」

「殺された母親の死に顔と似ていたから」


 特別、隠すほどのことでもないので白状する。

 私は死体を見て許しを乞うように嘔吐し、顔を泥と吐瀉物でぐしゃぐしゃにしたことのある人間だ。これ以上取り繕うものがあるとは思えない。


 アンナの顔は私の心の深いところを抉るものだった。

 数日が過ぎても抉られた不快感は消えず、むしろ傷が膿むように悪くなっていた。

 人によってはアルコールで身体を浸して忘れるかもしれないが、私はあまりお酒が好きではない。だから、絵を描いた。創作は現実逃避の手段として優れている。


「ケイトのお母様はどういう殺され方をしたの?」


 エマの赤い瞳が怪しく輝いていた。好物の匂いを嗅ぎつけた猫のようだった。


「アンナと同じように首を切られて死んだよ」

 私はできるだけ表情を変えずに返事をする。

「でも、死因と死に顔に関連性はないと思う」

「裏切りって言っていたけど……あなたのお母様も裏切られたのね」


 エマは耳聡い。

 他人に興味がないようで、周囲を抜け目なく観察している。

 彼女は狩りを生業とする猛禽類と似ている。きっと、死にそうな誰かを無意識に探しているのだろう。


「姉だよ」

「ケイトが探している?」

「うん。私に姉は一人しかいない」

「ケイトの旅の目的って復讐のためだったのね」


 エマは罰が悪そうな顔をする。エマに復讐を嫌う一般的な感性があることは意外だった。

 教会法で復讐は禁じられているし、普通、復讐者は疎まれる。

 理解できなくもない。復讐者はたいてい陰鬱で鬱陶しく、何より声と態度が大きい。


「惜しい。後悔のせいだよ」

「全然惜しくないように思えるわ……」

「いや、惜しいよ。だって、どちらも取り返しがつかなくなってからすることだし、したところで意味がない。でも、気は晴れるかもしれない」

 私は苦く笑う。

「ところでエマ、お腹空いてる?」

 エマは頭を傾ける。

「入れようと思えば入るくらいには」


 死体の取引は夕刻の予定で、西にある町までは車で一時間程度だ。まだ時間がある。

 仕事の待ち合わせには早めに到着するのが礼儀かもしれないが、〈人喰い〉の潜む町で死体と一緒に待機するほど愚かな行為はない。


 〈人喰い〉の活動時間は双子の月が浮かぶ夜だと言われている。けれど、冬眠から覚める熊がいるように、それは絶対的な習性ではない。

 何より、人間と〈人喰い〉は不健全な食物連鎖の中に存在するから、『例外』は起こりやすいとも言える。もちろん「〈人喰い〉なんてどこにでもいる」と言われてしまえばその通りで、気にしても仕方のないこと……というか、どうしようもないことではあるのだが。


 ちょうど通りの向かいにある『香草焼き』という看板の店が香ばしい匂いを放っていた。

 そして、私は昼食がまだである。議論の余地はなかった。

読んでいただきありがとうございます。

次の更新は12月6日ごろです。

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