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「お部屋は一つでよろしいですか?」
メアリは私とエマを交互に見る。
「一つでいいわ。でも、ベッドは二つ」
「かしこまりました」
案内されたのはベッドと机があるだけの簡素な部屋だった。
窓は木戸で覆われていて、外の景色は見えない。
方角的に、天気が良ければ海は望めたのだろう。
「ところで、私たちはあまり裕福ではなく……その、いくらか施しをいただけると助かるのですが……」
「ええ、それはもちろん」
私は銀貨一枚をメアリに差し出す。
食事込みでも二人が宿に数日泊まるのに十分な支払いだ。
想像していたよりも多かったのだろう。
メアリは一瞬目を見開いた。
「ありがとうございます。では、ごゆっくり」
頭を下げて銀貨を両手に包んだ。
「気前が良いわね」
「だめかな」
「だめではないわ」
エマはお金にうるさい方ではないが、無駄遣いを好まない。
彼女の基準は曖昧だが、孤児院に多めに支払うのは「無駄」に含まれないらしい。
食事は夕方までに頼んでおけば用意してもらえるとのことだったので、私とエマは頼むことにした。
一応、保存の利くビスケットや干し肉などの備蓄はあるが、寝る前には火の通ったものを食べて身体を温めたい。
手荷物を床に置き、たっぷりと湿気を吸ったコートを脱ぐ。
痛まないように窓枠に吊して干した。
エマも黒い外套を脱いで軽装になっていた。
外套を脱いだエマは一回り小さくなる。
冬毛から夏毛に生え替わったウサギのようだった。
あの死の臭いが染み着いた外套は丈夫な作りになっていて、死体の解体に使う道具や身を護るための刃物が収納されている。
一度洗濯したことがあったが、あまりの質量に苦労した。
「今年も冷たい夏になりそうだね」
「暑いよりはいいわ」
「私も暑いのは嫌いだけど……」
いつごろからか、夏は暑さとは無縁の季節となった。
そのせいで不作が続いている。
不景気から農奴に身を落とす人が増えてそれなりに人手は足りているはずなのに、生産が少しも追いついていない。
魔法があった時代は、多少の気候変動あっても安定した作物の供給が行われていた。
土が乾けば水を、日が足らなければ光を、風が強ければ壁を。
そんなふうに、何もかもを魔法で簡単に生み出すことができた。
でも、私たちが生きる現代において、大気にはほとんど魔力が存在しない。
だから、人々は自らの手で土を耕し、種を撒き、苗を育て、水を運び、日の光を乞い、風に怯え、重税に喘ぎながら作物を育てなければならない。
そして、それはあまり上手くいっていないようだ。
「空気からパンが作れたらいいのにね」
適当なことを言ってみる。
エマは呆れたのか興味がないのか、返事すらしなかった。
今年の冬も、餓死者が多く出ることだろう。
そして、〈死体拾い〉が死体に群がるのだ。
私たち人類は少しずつ終末に向かっているのだろう。
そのことは誰もが理解している。
けれど、どうすることもできず、日々を過ごしている。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は8月22日(火)ごろです。




