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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
3.信仰を爪先で蹴り上げる
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 船着き場から海岸沿いの道を二時間ほど歩いただろうか。

 エマは「少し」と言っていたはずだけど、かなりの距離だった。

 重い荷物を背負っての移動だ。

 肩と足のつけ根に痛みを感じ始めたころ、ようやくその建物が見えてきた。

 

 想像していたよりもずっと立派な建物だった。

 二階建ての少しくすんだアイボリーホワイトのレンガ造りで、「屋敷」と呼んでも差し支えない大きさで、孤児院というよりも貴族の別荘のように見える。

 〈人喰い〉の虚言を流布した令嬢が住まう屋敷と、どことなく外観が似ている。

 建てられた年代が近いのかもしれないが、私は建築物に疎いので正確なことは分からない。

 

 ドアをノックする。

 しばらくしてから、三十代前後のブロンドの女性が現れた。

 長身の美しい女性だったが、服装はみすぼらしかった。

 ベイジュのカーディガンはほつれが目立って、紺色のスカートは色褪せている。


「何のご用でしょう」


 エマが黒い手帳を見せる。

 女性は怪訝な顔をしたが、「泊まれる場所を探しています」と私が事情を説明すると「女神の導きでしょう」とわずかに微笑んで招き入れてくれた。


 私とエマは顔を見合わせる。

 人の好意にも悪意にも無頓着なエマでさえ少し驚いた顔をしていた。

 〈死体拾い〉は宿を泊まるときでさえ交渉が必要なこともあるのだ。

 拍子抜けだった。


 女性はメアリと名乗った。

 彼女がこの孤児院のマザーなのだそうだ。


「ただ、お荷物は外に保管していただいてもよろしいでしょうか。納屋がありますので、そちらに……」


 死体を愛するエマは面白くなさそうな顔をしたが、私は「分かりました」と物分かりの良い返事をした。

 自分たちが生活する場所に見知らぬ死体があるのは、気持ちの良いものではない。


 案内された納屋は鍵をかけられるような造りをしていなかった。

 雨風を防げるだけの頑丈さはあったけれど、開閉式のドアは鉄板に持ち手がついているだけで、南京錠もついていない。


「大丈夫かしら」


 エマが眉を寄せる。

 死体が盗まれる心配をしているのだ。


「潮風ですぐ鍵がだめになってしまって……。でも、滅多なことがない限り、町の人たちはここに近づきません」

「そうなんですか?」

「彼らにとって、ここはあまり良い印象のある場所ではないのです。遠い昔、この屋敷は貴族の持ち物でしたから……」


 ここを治めていた貴族は民衆から快く思われていなかったのかもしれない。

 つまり、ごく一般的な貴族だったということだろう。


 メアリの後に続いて、屋敷の中に入る。

 広間には暖炉があって、炎が小さく揺らめいている。

 暖炉の前には子供が数人いた。

 本を広げ、文字を書く練習をしている。

 椅子が多く並んでいるから、ここで食事をするのかもしれない。


 黒い外套に、白い肌と銀色の髪。

 悪魔の使いのような風貌のエマを見て、子供たちは少し警戒した様子だったが、怖がることはしなかった。

 教会が支援する施設なら、町の人たちと比べると〈死体拾い〉に耐性があるのかもしれない。


 子供たちの中にメアリと同じブロンドの髪の少女が一人いた。

 背が高く、顔立ちもどことなくメアリと似ている。

 もしかすると、彼女はメアリの血の繋がった子供なのかもしれない。

 そんな無粋な詮索をしながら、広間を通り過ぎる。


 廊下を歩いていると、向こうから本を持った十歳男の子が歩いてきた。

 男の子は私とエマにじっと視線を向けながらすれ違おうとしたが、メアリに「トーマス、お客様よ」と促されて「こんにちは」と挨拶をした。

 子供らしくない落ち着いた声色だった。

 私とエマは「こんにちは」を返す。


「ルーシーに本を読んでもらうの?」

「違うよ。僕がみんなに読んであげるんだ」


 そう言って駆け出した男の子に、メアリは柔らかい瞳で見送った。


「子供は何人くらいいるのですか」


 そこまで興味があったわけではないが、何も関心を示さないのも失礼に感じたのでつまらない質問をした。


「今は六人の面倒を見ています」

「そんなに……大変でしょう」

「いいえ。みんな良い子です」


 メアリは淡く微笑む。

 その笑みが繕ったものなのか、母性に由来するものなのか判別ができない。

 子供を育てる喜びや大変さを、私は知らないし想像ができない。


「よく人を泊めることがあるのですか?」

「実はあなた方以外にもお客様がいます」


 話が早かったのにはそういう事情もあったらしい。


「でも、旅の人を泊めるのはときどきです。そもそも人が来ることが稀ですから」

「どうしてその人は町の宿に泊まらなかったのですか?」


 自分たちのことを棚に上げて言う。

 もちろん私たちが町に泊まりづらい事情をメアリは察しているだろう。

 死体を回収した町にせよ、死体を届けた町にせよ、町の人たちが〈死体拾い〉を快く思うことは少ない。


 メアリは曖昧に笑った。


「その人たちは商人なのです。それ以上は私の口からは言えません」

読んでいただきありがとうございます。

次の更新は8月19日(土)ごろです。

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